(天理教の時間)
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第1405回2026年9月25日配信

伝えたい思いがある

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関根 健一

文:関根 健一

第1309回

ぢば一つに

三才の娘を亡くした父親が、余りの悲しみに「心得違いがあるならばご指摘を」と願い出た。その時、教祖は…。

ぢば一つに

 

親にとって、我が子が自分より先に命を落とすことほど、辛く悲しいことはありません。特に「子供は三才までに親孝行のすべてをなす」と言われるほど、幼い子供はその存在自体が愛おしくてたまらないものです。

天理教教祖・中山みき様「おやさま」をめぐって、こんな逸話が残されています。

 

明治十九年六月、諸井国三郎さんの、四女の秀さんがわずか三才で出直しました。

余りに悲しかった国三郎さんは、おぢばへ帰って「何か違いの点があるかも知れませんから、知らして頂きたい」とお願いしたところ、教祖は、「さあ/\小児のところ、三才も一生、一生三才の心。ぢば一つに心を寄せよ。ぢば一つに心を寄せれば、四方へ根が張る。四方へ根が張れば、一方流れても三方残る。二方流れてもニ方残る。太い芽が出るで」と、お言葉を下さいました。(『教祖伝逸話篇』187「ぢば一つに」)

 

国三郎さんは、数え年三才のお子さんを亡くしました。元気に歩き回り、片言でしゃべり始める頃です。まさに可愛い盛りのお子さんでした。

この時、国三郎さんは養蚕業の事業をやめ、人だすけ一本で通っており、生活は困窮を極めていました。懸命に神一条の道を通りながらも、なぜこんな目に遭わなければならないのか。そうして悲嘆にくれる中で「何か違いの点があるならば、どうかお諭し頂きたい」と、教祖にお願いしたのですから、厳しいお仕込みを覚悟していたでしょう。

ところが、教祖のお言葉は想像だにしないものでした。

「三才も一生、一生三才の心」

何という大らかなお言葉でしょうか。親神様によって与えられ、そして親神様によって引きとられた尊い命。わずか三才でこの世を去った短い命であっても、三才も一生。その人生にも立派な意味がある。そのようにお諭しくだされのです。

なぜこうなったのか、心得違い、通り方の間違いを振り返ったり、因果を考えるよりも大切なことがある。それは、ぢば一つに心を寄せる、すなわち「をや」一筋に思いを寄せること。そして、ふしにこもるをやの思いをどう悟るかによって、それが将来、太い芽を出すご守護につながると教えてくださいます。

国三郎さん夫妻は、このお言葉を頂いた十カ月後、無事に元気な女の子を授かりました。ろくと名付けられたこの女の子は、将来、この道の上に大いに力を尽くしました。

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