ラジオ天理教の時間

ラジオ「天理教の時間」家族円満 気づいていますか?身近にある幸せ ラジオ「天理教の時間」家族円満 気づいていますか?身近にある幸せ

週に一度、心のつかい方を見直してみませんか?毎週土日の早朝、全国35局でラジオ番組を放送中。教えに基づいた"家族円満"のヒントをお届けします。

※2021年4月以降から一部放送日時が変更されます。変更後の日時は下のリンクからご確認ください。
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朗読:福寿淳村崎由佳

次回の
放送予定

第1162回2022年1月22日・23日放送

人事を尽くして天命を待つ

目黒和加子先生
目黒 和加子

文:目黒 和加子

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第1161回

星影のワルツ

教師の夫と音楽家の妻。若い二人は、気持ちのすれ違いや経済的な理由から、離婚を決断にするに至った。

星影のワルツ

 大阪府在住  芦田 京子

 

まだ若い夫婦が離婚した。子どもの頃から顔見知りだった二人が、あらためて出会って、互いの良さに惹かれ合い、生涯を共にする決意をしたのだが…。

二人の育った環境は、あまりにも違っていた。子育てには出来るだけお金をかけず、つましく暮らしてきた家庭で育った青年と、経済的にゆとりのある家庭で、何不自由なく大きくなった娘さんは、お互いに真逆の価値観を持って出会った。

とは言っても、二人は共に真っすぐで純粋な心を持っていた。花嫁の母親はすでに他界していたので、なおさら周囲の人たちは二人の結婚を心から祝福し、幸せになってほしいと願ったのだった。

しかし、価値観の違いはそうそう簡単に埋められるものではなかった。妻は音楽家だった。教師をしていた夫は、自分も責任あるつとめを抱えながら、妻の才能を生かすために出来るだけのことをしようと踏ん張ってきた。しかし、徐々に自分自身の仕事や生活にも、大きな皺寄せが来るようになっていった。

さらにコロナ禍のもとでは、彼女ばかりでなく、音楽を生業にする者は皆、経済的に追い詰められていたのだった。妻にしてみれば、思うように活躍できないジレンマを、そのまま夫にぶつけてしまうこともあっただろう。

夫婦げんかのあげく、思い通りにならない自分たちのあり様に業を煮やして、妻が心にもない離婚の話を何度か繰り返しているうちに、夫のほうでついに離婚するという決断を下してしまった。表向き、妻のほうから離婚届を用意して離婚を迫っていたのだが、その実、妻は本気で離婚するつもりなどさらさらなかったのだ。

しかし、考えに考えた末のことだったのだろう、もともと真面目な夫は、一度決断したらもうその結果を覆すことはなかった。大切に思いながら、いつの間にか傷つけていることに、妻は気がついていなかったのだ。

離婚という結論には、双方の親も、ただ驚くほかなかった。私は若い二人をよく知っているし、青年の母親とは特に親しいので、離婚の話を聞いて以来、ずっと心を痛めていた。母親は私にこう言った。

「息子もとても憔悴しているし、それ以上に相手のM子ちゃんは落ち込んでいると思う。だからいま私たちは、ただこの先を見守るしかないの。でもね、主人と約束したの。M子ちゃんの悪口は言わないでおこうねって。親としたら、やっぱり息子のことを思うけど、でもM子ちゃんにはお母さんがいないから。私はあの子のお母さんがわりになりたいとずっと思ってきたけど、残念ながらなれなかったわ。でもね、私、あの子のお母さんのお墓参りによく行くの。そしてね、お母さんに、どうかM子ちゃんを守ってあげてくださいって、いつもお願いしてるのよ」

M子ちゃんは離婚以来、誰の電話も取らないし、誰とも接触しようとしないと聞いていたので、心配しながら手も足も出ないままだった私は、ある時、思い切ってM子ちゃんに電話をした。離婚から少し時間が経っていたのが良かったのか、彼女は電話に出てくれて、二人で長いこと話をした。

彼女は、結婚生活の中で、亡くなった母親に甘えてきたのと同じように夫に接してしまった、と言った。そして、自分のわがままにとことん付き合ってくれた夫に対して、本当に申し訳なかったと心から詫びていた。誰に対する恨みつらみもなかった。ただ、まだ彼の両親に挨拶に行けていないことを苦にしていた。

私は、彼の母親が、M子ちゃんのお母さんのお墓参りに行って、M子ちゃんのことをどうか守ってくださいと、お願いしていることを話した。電話口で、彼女は泣いていた。

M子ちゃん、辛くて苦しい体験だったけど、大好きな人と一緒に暮らせて幸せな時もあったでしょ。価値観は違ったかもしれないけど、でも、彼の家族はいい人たちだったと思うわよ。なかなか、離婚した相手の親のお墓参りをしてまで、幸せを祈ってくれる人なんていないわよ。これから、この体験を生かして、より良い人生を生きることを祈るわ。人としての苦しみを体験したあなたの音楽は、これからきっと、さらに多くの人の心を癒すことができると信じているわ」

結婚はとても素晴らしい体験ではあるが、大きなエネルギーを必要とする。だが、離婚は結婚とは比べ物にならないぐらいのさらなる難事業である。

家族や親族、友人までも巻き込んだ修羅場を見てきた私は、この状況の中で、青年の母親がM子ちゃんを思う心に、あらためて人間の素晴らしさを感じたのだった。

どこにも心の苦しさを持って行きようのない場面でこそ、その人の真価が問われるのだと思う。それが、その後の人生の道筋を決めるのではないだろうか。

 


 

しあわせデッサン運命を変える三つの言葉
 「人間いきいき通信」2018年6月号より

諸井 理恵

 

作文が苦手、嫌いだという人は、私の周りに結構多いようです。主人も、「ぼくは」とだけ書いた後、まったく書き進められない小学生だったといいます。いまは必要に迫られて、大いに書き、話す仕事をしています。人間は、いつ、どんなスイッチが入るか分からないものだなあと、主人が流暢に話す姿を見るにつけ、わが子の成長に希望を持ち続けようと思っています。

私はといいますと、内気な子供だったこともあって、絵や手芸、文章などは、自分を表現する大切な手段でした。ところが、四十歳を過ぎたある日、幼いころから当たり前のように入りっぱなしだったスイッチが、突然に切れてしまう体験をしました。

朝、目が覚めたときから、言葉の出づらさに違和感を覚えていました。近くに住む実家の母に電話をかけたところ、突然、言葉が途切れてしまったのです。主人にもかけましたが、言葉が思うように出ず、「メールならば」と文字を打とうとしますが、一文字も打てません。仕方なく紙に文字を書いて長女に状況を伝えようとしますが、ペンを手に、一文字も書けないのです。「言葉が閉じ込められた!」私は打つ手なしの絶望感に襲われました。

いったいどうなってしまったのかと、うろたえるなか、電話を不審に思った母が飛んできてくれました。それから間もなく、私は倒れて意識不明となり、母の連絡によって救急搬送されたのです。

原因は脳にありました。左脳の言語野に腫瘍のようなものがあり、なんらかの影響で言葉の出力ができなくなった、一時的な症状でした。当初は悪性とされていた腫瘍らしきものも、手術と多くの方々の祈りによって大事に至らず、こうしてスイッチを入れ直していただいたのです。話す、書くという機能を残してくださったのは神様の特別なお計らいだと自覚し、以来、自分にできることを精いっぱいさせていただいています。

言葉というのは、自分と外の世界とをつなぐ大切な手段です。その言葉のスイッチが切り替わったことによって、運命までも変わったという人のお話を紹介します。

仕事の傍ら、夫婦仲良く畑で野菜を育てては、「人に喜んでもらえるのがうれしい」と季節の野菜を届けてくださるご夫妻がいます。奥さんは嫁いだ当初から、姑さんに大変つらく当たられていました。ところが、そのきつい姑さんが、晩年になって認知症を患いました。

長年つらく当たられてきた揚げ句に、その姑さんの認知症に向き合うことは、さぞかし受け入れがたいことではなかったかと奥さんに伺うと、「いや~、もう、かわいくて、かわいくて」と、意外な答えが返ってきました。

どういうことかと聞いてみると、認知症になってからの姑さんが奥さんに対してかける言葉が、「ありがとうね、ありがとうね」と「ごめんね~、ごめんね~」、そして「しあわせ~、しあわせ~」の三つだけになったというのです。そんな姑さんを、奥さんは最後まで「かわいい、かわいい」と言って共に暮らし、姑さんは寝込むことなく一生を終えることができたそうです。

認知症になると脳の機能が低下し、言葉数が減り、無表情になるなど、周囲とのコミュニケーションが取りにくくなる方が多いようです。この姑さんに神様が残してくださった言葉は、たった三つでした。しかし、この三つの言葉が、奥さんと姑さんの運命を変えたといっても過言ではないでしょう。

言葉を覚え始める幼児期の子に、親がまず教える言葉に「ありがとう」と「ごめんなさい」があります。生涯にわたって使う大切な言葉だから、何度も何度も繰り返し教えるのでしょう。その二つに加えて、「しあわせ」も、覚えておくといい素敵な言葉ですね。

(終)

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