第1400回2026年8月21日配信
出直し、生まれ替わり
死とは「出直し」であり、魂は生まれ替わりを繰り返す。ある婦人の晩年のエピソードから考える。
出直し、生まれ替わり
天理教において、生と死をめぐる問題を考える時に、「出直し」の教理は欠かせないものです。
『天理教教典』には、「身上を返すことを、出直と仰せられる。それは、古い着物を脱いで、新しい着物と着かえるようなもので、次には、又、我の理と教えられる心一つに、新しい身上を借りて、この世に返って来る」とあります。
この教えを理解するには、まず、人間の身体は親神様からの「かりもの」であり、心だけが自分のものである、と得心することが肝心です。すなわち「おふでさき」によって、
めへ/\のみのうちよりのかりものを
しらずにいてハなにもわからん (三 137)
と諭されるところであり、信仰生活の根底となる教えです。
さらに具体的に、生と死に関して、
たいないゑやどしこむのも月日なり
むまれだすのも月日せわどり (六 131)
しやんせよをやがいかほどをもふても
神のてばなれこれハかなハん (一 61)
と記され、産まれてくるのも親神様のご守護であり、そして神の手離れ、すなわち命が閉じられるのも親神様のお計らいの中にあるのだと示されています。
これは、道の上に生涯を尽くした、あるご婦人の晩年の話です。その方は老境に入り、お孫さんが学校へ行くようになってから、にわかに思い立って文字を習い始めました。
おぼつかない手つきで一生懸命に練習する姿を見て、家族の者が言いました。「お母さんは何も字を知らなくても、神様の御用を立派になさっているじゃありませんか。いまさら特別に字をおぼえる必要などないんじゃないですか」。
するとご婦人は、こう答えました。
「私は、今世では人をたすけさせて頂くお徳を神様から与えてもらったようだけど、本を読んだり字を書いたりするお徳は頂戴出来なかった。今度生まれ替わってきた時には、そうした努力が出来るようになりたい。だから、今から始めて、ちょっとでも来世の種まきをしようと思っているのよ」
そうして、いそいそと字を習うそのご婦人の姿は、まさしく信仰者としての理想の姿のように思われます。
人生はこれきりではなく、過去も未来も現在も、すべては親神様のお計らいによって魂は生まれ替わっていくのであり、その限りなく大きな広がりを自覚した生き方は、何があっても行き詰まることのない、陽気な豊かさに満ち溢れたものになるはずです。
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