(ラジオ天理教の時間)
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第1208回2022年12月10日・11日放送

コロナに感染して思ったこと

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1084回

いのちみつめて~小さな塩おむすびを3つ~

胃がんで入院してきた女性が、ご主人と二人の息子さんと共に、おぢばで過ごした最後の10カ月の歩み。

いのちみつめて~小さな塩おむすびを3つ~

奈良県在住・看護師  松尾 理代

「右足の付け根が痛む」と、その女性が私の勤める天理よろづ相談所病院を受診したのは、正月休みが明けたころでした。

症状は前年の11月から。当時、彼女はご主人と小学生の息子さん2人と海外に赴任中。現地の病院では原因が分からず、「やはり天理で診てもらいたい」と、ご主人と共に帰国したのです。
見つかったのは胃がん。右足と腰の骨に転移し、やがて肺のリンパへの転移による呼吸困難も始まりました。
すぐに痛みを和らげるための放射線治療を開始。医療用麻薬を使うことで呼吸も楽になり、車いすでの移動や入浴もできるようになりました。

2月に入って抗がん剤による治療が始まると、吐き気や下痢といった副作用に苦しめられました。それでも1週間が過ぎるころには「ちょっとマシになった」と明るい顔に。「主人が持ってきたリンゴが食べられた。私〝食べたい〟と思えたのよ」「このしんどさが何時まで続くのか不安だけど、なんとかなるかな」と。加えて、「子供たち、こっちの小学校に編入学できて、面会に来てくれたの。嬉しかった」と笑顔を見せてくれました。

ところが翌日、病室を訪ねると、じっと天井を見つめていました。表情は暗く、顔色も冴えません。「体調がよくないのですか?」と声をかけると、しばらくして「心が苦しいの」とポツリ。私はベッドサイドのイスに腰をおろし、彼女の背中をさすりました。
そして、自分の気持ちを心の中にしまっておくとしんどくなること、心が攻撃されると免疫力も低下することを伝え、「声に出して吐き出していい、涙を流してもいい。自分の心を守ってあげて」と伝えました。

しばらくして、「何で私がかわいそうなの? 悔しい! どうして?」と激しく泣き出しました。その日の午後、お見舞いに来た方から「かわいそうに、かわいそうに」と面と向かって言われ、深く傷ついたのです。
10分ほど経って「ようやく泣けた。良かった」と、落ち着いた表情になりました。側でご主人も、「すべては神様がなさること。不足してはいけないと、そればかり思っていた。けれど、辛い時は泣いてもいいんですよね」と、涙を流していました。

重い病に向き合う患者さんが、「人から言われて嫌だった言葉」として先ず挙げるのが、「かわいそうに」と「がんばって」です。言った当人は何とも思っておらず、むしろ自分の優しさと思い誤っていることすらあります。

しかし、「がんばって」という言葉は、辛い中で必死に生きている人の頑張りを、否定していると受け取られてしまうことがあるのです。
また、「かわいそう」とは、口にした人自身が自分と相手とを比べた評価であり、感想でしかありません。当人がそう思っていないのに決めつけられたら、これほど懸命に生きている人の誇りを傷つける言葉もないのです。

彼女はそれから10日ほどして退院。天理市内の信者詰所に部屋を借り、家族4人水入らずで過ごしました。朝夕の食事も4人一緒にとり、「子供たちの声を聞いていると嬉しくなる」と、表情も明るくなりました。

そんな中で彼女がしたことは、ご主人の運転で天理教本部への参拝。そして、ご主人に車椅子を押してもらい、彼女が拍子木を叩いての「神名流し」。
神名流しとは、路上を歩きながら、拍子木の音に合わせておつとめの地歌を歌うこと。彼女いわく、「入院中、窓の外から聞こえてくる拍子木の音に心を癒されたの。だから今度は私も、人さまのたすかりを願ってさせてもらいたい」と。

その後も、半月から一か月ごとの退院の度に、時には入院中に外出許可をもらって、ご主人が車椅子を押し、彼女が拍子木を叩き、時に子供たちも一緒に、家族4人声を合わせて神名を流しました。

4月に入院した時は、気分が落ち込んでいました。ご主人の依頼で病室を訪ねると、「頑張ろうと思う自分と、頑張れない自分がいる。一週間ごとにやってくる抗がん剤治療、あのしんどさに耐えられるか心配なの」と、辛い胸の内を明かしました。

そして、不安を打ち明けると「この思いを夫にも聞いてもらいたい。一緒に考えて、迷いながら答えを出してもいいんですよね」と、夫婦で思いを共にしたいと話しました。

子供たちの春の遠足が近づいたころは、「体操服に名前のゼッケンをつけないといけないの。明日から治療が始まるから、今日中に」と、ベッドの上でいそいそと針を動かしていました。

遠足の前日に病室を訪ねると、「調子がいいので外泊したい。子供たちに、小さな塩おむすびを3つずつ作ってあげたい」と言うので主治医と相談。詰所に酸素ボンベを設置する条件で許可が下りました。

さらに5月の退院時には、料理もするようになりました。「以前はそんな気持ちにもならなかったけど、また作ってみたいと思えるようになったの。車椅子のまま台所に行って、最初に作ったのはチャーハン。子供たちも喜んでくれたわ」と、いきいきと話してくれました。

6月末には心臓に水が溜まり、緊急入院。それでも体調が戻ると、子供たちが始めた教会の鼓笛隊の話をしてくれました。2人ともファイフと呼ばれる横笛を懸命に練習している様子。「教会で練習した後、詰所でも吹いているのよ。頑張ってるでしょ」と。

8月初めには、海外の友人ふた家族が天理に来て、一緒に「こどもおぢばがえり」に参加。子供たちの演奏する姿を間近で見て、「頼もしかった。成長を見ることができて嬉しかった」と、感動を伝えてくれました。

そして、10月は運動会。9月の外来での治療の時にはお弁当の話になり、「上の子は塩っ辛い梅干しが大好きなの。下の子はおかかやジャコなら食べてくれるかなあ」と。その言葉通り、身動きも辛い中でしたが応援に行き、家族みんなでおいしいお弁当を食べることができました。

どこまでも、いつまでも、お母さんであり、妻であり、信仰者であり続けた彼女。天理に帰ってきた当初、治療しなければ余命1カ月、治療しても3カ月程と診断された彼女が、愛するご主人に見守られながら静かに息を引き取ったのは、発症からちょうど1年、天理に戻って10カ月後のことでした。

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