(ラジオ天理教の時間)
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第1208回2022年12月10日・11日放送

コロナに感染して思ったこと

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1074回

いのちみつめて~人生ありがとう~

米寿を迎えた父は、最期の時をどのように過ごしたいのか。家族で思いを共有するため、私は「人生会議」を提案した。

いのちみつめて~人生ありがとう~

奈良県在住・看護師  松尾 理代

私の父は昭和7年10月生まれ。令和元年に満88歳を迎え、秋の一日、家族が集まって米寿を祝いました。
父の後を継いで教会長となった弟夫婦をはじめ、子供たちや孫たち一人ひとりからお祝いの言葉を贈りました。弟の長男で、中学三年生の甥は、照れくさそうにこう言いました。
「一緒に住んでいるのに、あんまりお爺ちゃんとしゃべらなかったけど、5月に温泉に行ってから話せるようになった。それから、お父さんに教えてもらいながらお爺ちゃんのお世話をするようになった。いつまでも元気でいてね」  
そんな言葉に父は「うん、うん」「ありがとう、ありがとう」と、本当に嬉しそうでした。

父は7年前から腎臓病を患っていましたが、適度な運動を心掛け、万歩計を着けて日々歩数を記録。昨年3月には杖を突いて電車に乗り、大阪の守口から2時間かけて奈良県天理市の天理教本部へ一人で参拝に行くことができました。
ところが4月半ば、急に腎機能が悪化し、一命も危ぶまれるほどに。カリウムの血中濃度を下げるための薬の副作用で、大変な便秘にも悩まされました。
父からのSOSに、私も看護師の仕事の合間を縫って、度々守口に戻り、父の看護をしました。
そんな中、一緒に暮らす家族や離れて暮らす家族らが、「いま父のために出来ることは?」と相談を重ね、一泊の温泉旅行をすることが決まりました。

仕事の都合などで、参加できたのは私と妹二人、端午の節句の時期なのに、男子は甥っ子一人でした。そこで、宿に着いてすぐに身体の洗い方や、湯船に入る時の転倒しないための支え方など、入浴介助のコツを甥っ子に伝授しました。甥っ子は、それに加えて便秘を良くするためのお腹のマッサージをしたり、背中にかゆみ止めの薬を塗ったり、着替えやおむつ交換までしてくれました。  
排便も出来るようになった父は、「孫がここまでやってくれるとは思わんかった。おかげでおじいちゃん元気になってきたわ」と喜びました。温泉に入った後は料理に箸をのばし、それまでの蚊の鳴くような声が嘘のように、カラオケで4曲も熱唱しました。

私は旅先で、「もしもの時に備えて、お父さんの思いを聞いておきたいし、みんなの思いも知りたい。家族で話し合ってみない?」と、「人生会議」を提案しました。
人生会議とは、厚生労働省が提唱する「アドバンス・ケア・プランニング」のこと。アドバンスとは「前もって」という意味で、本人と家族を含む近しい人たちや、場合によっては医療や介護の関係者も交え、「患者さん本人がどのような治療を受け、最期の時までをどのように過ごしたいか」、その思いを皆で共有するための話し合いです。
父は「面白そうやな。それはちゃんと考えておきたいし、大切なことやと思う。家族みんなで、というところが気に入った。まさに陽気ぐらしや」と喜んで話し合いを受け入れました。

人生会議は、温泉旅行から戻って二週間後に行いました。父に「最期にしなければならないこと」を尋ねると、「神様の御用がいちばん」と即答しました。「手を合わせ、人の幸せを祈ることが私の役割や」と。
父は昭和24年、17歳の時に天理教の本を読んで感激し、人だすけを志して布教所を開設しました。昭和36年に結婚、大阪に出て布教し、教会を設立。神様ひと筋70年、まさに筋金入りの人生です。

「今後も続けたいことは?」との問いには、「パネルシアター」と答えました。
パネルシアターとは、パネルに動物などの絵を貼ったり、動かしたりしながら、歌遊びや物語を進めるもの。父は人を楽しませるのが好きで、50年ほど前から自分で絵を描いて切り抜き、教会や幼稚園、福祉施設など、ほうぼうで演じていました。これからは、自分が演じるだけではなく、一人でも多くの演者を育てたいとも話しました。

医師が勧める腎透析については、「寿命は神様が決めてくださる。透析をせずに徐々にしんどくなるんやったら、それでいい」と神様にゆだねることを決め、「残りの人生、明るく笑って楽しく過ごしたい」と話しました。
「どこで過ごしたい?」と聞くと、「教会で、いつも共に暮らしてきた家族と一緒に過ごしたい」と話し、葬儀については、祭典の時の正装であるおとつめ衣を着せて欲しい、そして雅楽を演奏して見送ってほしい、と希望しました。

初夏に人生会議を開き、秋には米寿の祝い。しかし冬の到来した12月、父は半世紀以上連れ添った母を見送らねばなりませんでした。
年が明け、2月に入るとベッドから起き上がれなくなりました。それでも、「ベッドに寝ながらでも、みんなに『ありがとう』と笑顔を見せたら、みんなも喜ぶし、神様も喜んでくださるんやで」と、自分に出来る精一杯のご恩報じを実践していました。
亡くなる前日には、家族と一緒にパネルシアターの歌を楽しく歌ったり、おつとめの地歌である「みかぐらうた」を歌い、合間に「人生ありがとう、神様ありがとう、みんなありがとう」と感謝の言葉を繰り返していました。

そして最期の日、みんなで「お父さん、おじいちゃん、ありがとう。人生乾杯!」と感謝の思いを伝え、笑顔で送り出しました。

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