(天理教の時間)
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第1405回2026年9月25日配信

伝えたい思いがある

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関根 健一

文:関根 健一

第1298回

20年後のラブレター

新婚当時の妻から届いた20年越しのメッセージ。「今、幸せですか?思いやりのある夫婦でいられていますか?」

20年後のラブレター

             岡山県在住  山﨑 石根

 

6月の初旬、妻から私宛てのハガキが届きました。ところが、その郵便を受け取った妻自身が、「あれ?何で私から手紙が届いてるんやろう?」と、心当たりがないようなのです。

よく見ると、宛名が市町村合併以前の住所になっています。そして丁寧に、「市町村合併で住所が変わるかもしれないので、その場合は天理教の教会に連絡してください」との注意書きと共に、教会の電話番号まで書かれていました。

二人で不思議がりながら通信面に目をやると、20年前の日付けと「20年先へのメッセージ」というタイトルの下に、妻の直筆の文章が書かれているではありませんか。

何と、当時29歳の妻から、20年後の私に宛てたラブレターだったのです。この年に天理市の事業として、タイムカプセルに手紙を入れるイベントがあったようで、その時に妻が出した手紙がこの時届いたのです。

「サッキー、今、元気ですか? 今、幸せですか? 私たちは互いにたすけ合って、補い合って、思いやりのある夫婦でいられてるでしょうか?
あの頃の私は不足がちの毎日を通っていましたが、サッキーの優しい言葉や周りの人からの神様のお話しで、心に潤いを与えてもらいました。今の私は、逆にサッキーや周りの方々に返せているでしょうか?」

私は結婚当初、妻からサッキーと呼ばれていたのですが、その頃の彼女は、20年後もきちんと夫婦でいられているか、教会で生活をしているのか、子どもを授かっているのか。現在の私たちの様子は全く想像もつかなかったはずです。

そんな新婚ホヤホヤの若い妻からの20年越しの問いかけに、私は少し照れながら、「元気でたすけ合っているよ」と呟き、現在の彼女に「十分すぎるぐらい返してもらってるよ」と伝えました。

20年前の613日、私たちは天理市にある教会本部の教祖殿にて結婚式を挙げました。ご縁のあった教会本部の先生に主礼を務めて頂き、夫婦の固めの盃を頂戴しました。

今年の結婚記念日には、挙式の時に読み上げて頂いた祝詞を20年ぶりに取り出し、改めて二人で読んでみたのですが、その中の次のような内容が目に留まりました。

「未だ二人は至らぬ勝ちではございますが、今より後は互いに変わることなく、千代の契りを結び、常に教祖のひながたを心に湛えて、如何なる中も一つ心に睦び合い扶け合いつゝ日々晴れやかに心陽気につとめさせて頂く覚悟でございます」

折りしも20年前の妻からの「たすけ合っているか」との問いかけも相まって、「ああ、結婚とはこういうことなんだなあ」と改めて私は感じ入ったのです。

このように手紙であったり、祝詞もそうですが、実際に書いた文字を読み返したり手に取ることが出来ると、嬉しさも一入です。

この20年間で世の中は目まぐるしく進展し、スマートフォンやタブレットの普及により情報伝達のスピードは格段に上がりました。そのような、老若男女を問わずSNSを利用する時代になったからこそ、誰かが自筆の文字に認めてくれた想いが、一層嬉しく感じるのでしょう。

天理教の教祖「おやさま」は、ご在世中に自ら筆を執って「おふでさき」というご神言を書き残されています。「おふでさき」は天理教の原典であり、私たちが常日頃から親しみ、拝読しているものですが、この教祖のお言葉にふれる度に、20年どころか、実際に教祖が書かれた140年以上前にタイムスリップして、教祖から直接メッセージを頂いているような心持ちになるのです。

そうして私も妻と同じように、神様のお言葉によって心に潤いを与えて頂いているとすれば、これを教祖からのラブレターだと表現するのは言い過ぎでしょうか。

さて、記念日から三日後の616日は、世に言う「父の日」でした。その日は一日御用で、夜帰宅したのですが、何だか子どもたちが慌ただしい様子です。どうやら中2の長女に急かされながら、小6の息子と小4の娘が慌てて手紙を書いているようです。

そして、私がお風呂から上がると、3人が「とと、いつもありがとう」と言いながら、父の日の手紙を渡してくれました。長女の心のこもった手紙に比べ、下の二人の手紙はどこか書かされた感が否めない内容でしたが、それでも父親としてこれほど嬉しいことはありません。末娘の手紙には、三回分の肩もみ券まで添えられていました。

さらに翌日の月曜日には、天理の高校で寮生活を送っている息子二人からも、父の日の手紙が送られてきました。

結婚記念日に何か美味しい料理を食べに行ったり、父の日に何か高価なプレゼントをもらったりした訳ではありませんが、妻と子どもたちから何にも代えがたい贈り物を受け取った私は本当に幸せ者だと、しみじみ思いました。

今のこの気持ちをずっと忘れずに、今回のこの原稿も20年後に家族で読み返すことができたなら、どんなに幸せだろうと、まだ見ぬ未来を思い描きます。「肩もみ券」は、それまで大事にとって置こうと思います。

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