(ラジオ天理教の時間)
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第1208回2022年12月10日・11日放送

コロナに感染して思ったこと

岡先生(掲載)
岡 定紀

文:岡 定紀

第1102回

いのちみつめて~愛する夫に手料理を~

がんを患う50代の女性の心配は、自分亡き後の夫の生活。体力の限界が近づく中、家事について教え始めた。

いのちみつめて~愛する夫に手料理を~

奈良県在住・看護師  松尾 理代

かねて分かっているつもりでいても、いざ自分が直面すると妙にうろたえたり、どうしていいか分からなかったり、といったことはままあるものです。
「がん」という病もそんな一つ。そのため、厚生労働大臣が指定する全国に450ほどある「がん診療連携拠点病院」及び「地域がん診療病院」の全てに「がん相談支援センター」が設置されており、予約は必要ですが、誰でも無料で利用することができます。

天理よろづ相談所病院「憩の家」の「がん相談支援センター」でも、看護師の私と医療ソーシャルワーカーとで、身体症状やこころの悩み、在宅療養や介護の問題、公的サービスに関することや、緩和ケア病棟、いわゆるホスピスの紹介、日常生活や経済的なことなど、患者さんと家族のための幅広い相談に応じています。

今にも雨が落ちてきそうな梅雨のある日、50代の女性が相談に見えました。彼女はご主人と二人暮らし。10数年前に実のお姉さんを卵巣がんで亡くし、自身も7年前に卵巣がんが見つかり手術、その後も抗がん剤治療のために入院を重ねていました。

お姉さんが亡くなるまでの経過や、同じ病室の人たちの病状の変化などを目の当たりにし、自身の病状と重ね合わせ、「この先どうしたらいいのだろう」との思いが募り、相談に来られたのでした。

まず彼女のこれまでの生活や、先の暮らしへの不安など、噴き出す思いに耳を傾けました。そして求められるままに、緩和ケア病棟に関する情報や、暮らし方のヒントを提供し、これからの日々について一緒に考えました。

次に来られたのは、夏の暑さも和らぎ始めた頃。主治医から「腸閉塞になるかもしれない」との説明を受けた時でした。
腸閉塞とは、がんなど何らかの原因により、腸の中で食べ物や消化液などの流れが止まり、腹痛や嘔吐、便やガスが出ない、お腹が張って苦しいといった症状をきたすものです。

彼女はもともと料理を作るのも食べるのも大好きで、腸閉塞によって食べられなくなることを心配していました。また、お姉さんが亡くなり、残された家族の様子を見た経験から、ご主人が先々困らないように、今できることをやっておきたいとも話しました。
「夫は出張が多いし、仕事に家事に私の介護もとなると、想像するだけでも可愛そう。だから、最期は緩和ケア病棟で静かに暮らそうと思う」というのが、彼女が口にした希望でした。

三度目の相談は年の瀬も迫った頃。
「そろそろ体力の限界かもしれない」と切り出し、「思い切って夫に、緩和ケア病棟に入りたいと話したの」と。
ご主人が「仕事を辞めて僕が面倒をみるよ」と言うのを、「後の職探しが大変よ」と説得したそうです。

彼女はすでに行動を起こしていました。
「一番の心配は夫のこれから。限られた命の中で、やれることをやっておきたい」と、掃除や洗濯、料理、衣類の整理の仕方や衣替えの段取りなどをご主人に伝授。
そんな奥さんの思いに応え、ご主人も仕事の合間をぬって家事をこなすようになったそうです。

「夫と色々なことを話し合えてよかった。がんが進んでも、私にはまだまだできることがある。そう思うと楽しくなってきた。あとどれくらい時間があるか分からないけれど、後悔しない生き方をしたい」と、彼女は力強く言いました。

四度目の相談は、それから半年が経ち、冬物から夏物への衣替えが済んだ頃。
「腹水が溜まって食べ物が喉を通らずに吐いてしまうの。何かできることはないかしら」と悩みを打ち明けました。

すでに脂っこいものを避けるなどの工夫はしていたようで、私からは、具の入っていない茶碗蒸しや玉子豆腐など、胃や腸に負担をかけず、少量でも栄養価の高い食品を紹介しました。
そして、「お肉などは見た目と匂いだけ楽しんで、口に入れて一度味わったら、無理に飲み込まずに黒いビニール袋に出したらいいですよ」と、身体に負担をかけない食べ方をお伝えしました。

その次の面談は入院後、病状が進んでからでした。病室を訪ねると、料理本を手に、ベッドの上でテレビの料理番組に見入っていました。
「今度うちに帰れたら、夫に作ってあげたいんだ」。

話を聞くと、うちではご主人が彼女のアドバイスを受けながら、揚げ物や煮物、炒め物を一生懸命作り、彼女は味見係をしているとのこと。もう食べ物を喉に通すことができなくなっていたのですが、口に含んで一度だけ味わって感想を伝えるのだとか。
「夫が卵焼きまで上手に作れるようになって、びっくりしたわ」と、嬉しそうに教えてくれました。

それから間もなく、「最期は緩和ケア病棟で」という彼女の思いを叶えるため、主治医に紹介状を書いてもらい、転院の手続きを進めました。
そして、もう座る力もほとんど残っていない状態でしたが、「もう一度だけ夫に料理を作ってあげたい」と、許可をもらい一泊だけ自宅に戻りました。

その夜、心配になって電話をすると、彼女はか細い声で「夫のために、味見をしながら、これまで二人で食べてきた我が家の料理を作ったの。私は座ったままで、夫が手伝ってくれたわ。もうこれで、緩和ケア病棟に移ることができます。今まで本当にありがとうございました」と。

翌日、緩和ケア病棟に入り、それから一週間後、息を引き取ったとの知らせが入りました。

担当医が最期の様子を聞かせてくれました。
「彼女は最期まで、いつも笑顔で穏やかに過ごしておられましたよ」。

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