第1381回2026年4月10日配信
よっしゃんえ
飯降よしゑさんは幼少の頃から教祖の薫陶を受け、鳴物を直に教わったり、様々なお言葉を賜った。
よっしゃんえ
小さい頃から教祖のお側で薫陶を受け、生涯を信仰に捧げた者は数多くいます。飯降よしゑさんもその一人でした。幼少の頃から両親とともに足繁くお屋敷に通い、「よっしゃん、よっしゃん」と教祖に可愛がられ、導かれながら気丈に育ちました。
明治十年、十二歳のある日、指先が痛んで仕方がないので、教祖に伺ったところ、
「三味線を持て」
と仰せになりました。ところが、当時は近くに三味線を教えてくれる所などなく、「郡山へでも、習いに行きましょうか」と伺うと、教祖は、
「習いにやるのでもなければ、教えに来てもらうものでもないで。この屋敷から教え出すものばかりや。世界から教えてもらうものは、何もない。この屋敷から教え出すので、理があるのや」
と仰せられ、御自身で手を取って、それから三年にわたり、よしゑさんに直き直きにおつとめの三味線を教えて下さいました。(教祖伝逸話篇53「この屋敷から」)
教祖は、
「稽古出来てなければ、道具の前に座って、心で弾け。その心を受け取る」
「よっしゃんえ、三味線の糸、三、二と弾いてみ。一ツと鳴るやろが。そうして、稽古するのや」
と、懇ろにお仕込み下さいました。(教祖伝逸話篇54「心で弾け」)
明治十五年、十七歳の時に家族とともにお屋敷に移り住み、一家揃って入り込ませて頂いたよしゑさんは、教祖から様々なお言葉を頂戴しています。
「朝起き、正直、働き。朝、起こされるのと、人を起こすのとでは、大きく徳、不徳に分かれるで。蔭でよく働き、人を褒めるは正直。聞いて行わないのは、その身が嘘になるで。もう少し、もう少しと、働いた上に働くのは、欲ではなく、真実の働きやで」
と、一日一日誠の心を尽くし、働くことの大切さを諭されました。(教祖伝逸話篇111「朝、起こされるのと」)
また、このようなお言葉も下さいました。
「よっしゃんえ、女はな、一に愛想と言うてな、何事にも、はいと言うて、明るい返事をするのが、第一やで」
「人間の反故(ほうぐ)を、作らんようにしておくれ」
反故とは反故(ほご)、役に立たないものという意味です。
また、
「菜の葉一枚でも、粗末にせぬように」
「すたりもの身につくで。いやしいのと違う」
日常を明るく陽気な心で通ること。そして、衣食住の中で神様からの賜物である物の持ち味を生かしきることの大切さを教えられました。さらに、人様を反故にせぬよう、決してあきらめることなく真実を尽くして導くようお諭しくだされています。(教祖伝逸話篇112「一に愛想」)
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