第1325回2025年3月14日配信
宗太郎さんの思い出
警察の目が厳しかった時も、教祖は寄り来る子供たちを大きな親心で包み込んだ。ひ孫の宗太郎さんによる回想。
宗太郎さんの思い出
天理教教祖・中山みき様「おやさま」にまつわる逸話は数多く残されていますが、教祖のひ孫にあたる梶本宗太郎さんは、このような思い出を語っています。
教祖にお菓子を頂いて、神殿の方へでも行って、子供同士遊びながら食べて、なくなったら、又、教祖の所へ走って行って、手を出すと、下さる。食べてしもうて、なくなると、又、走って行く。どうで、「お祖母ちゃん、又おくれ」とでも言うたのであろう。三遍も四遍も行ったように思う。
それでも、「今、やったやないか」というようなことは、一度も仰せにならぬ。又、うるさいから一度にやろう、というのでもない。食べるだけ、食べるだけずつ下さった。ハクセンコウか、ボーロか、飴のようなものであった、と思う。
櫟本の梶本の家へは、チョイチョイお越しになった。その度に、うちの子にも、近所の子にもやろうと思って、お菓子を巾着に入れて、持って来て下さった。
この当時は、お屋敷に対する警察の取締まりがとても厳しい時でした。にもかかわらず、子供の目線から見た教祖の面影やお屋敷の様子は、実にほのぼのとしています。「美しい絵巻物のような光景だ」。宗太郎さんは、そう回想しているほどです。
宗太郎さんのひいおばあさんは、実は生き神様であり、お屋敷は言わば「神の空間」でした。その神様にいちばん近い場所で、幼い子供たちは知らず知らずのうちに「陽気遊び」をしていたのでしょう。
教えに対する世間の反対や厳しい取締まりという社会事情はどうあれ、教祖はやって来る子供たちが可愛くて仕方がないのです。お菓子をねだりに繰り返し繰り返しやって来る子供たちとともに、教祖もまた、陽気遊びをしておられたのです。
教祖はその限りない親心で、すべての人々を自らの子供としてお育て下さいます。「子供の無邪気な姿を、親は大きな親心で包み込み、ともに楽しむ」。教祖と子供たちの、この楽しい逸話には、そんな尊いひながたが示されているのではないでしょうか。
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