第1265回2024年1月19日配信
息一筋が蝶や花
「蝶よ花よ」と子どもを育てても、息一筋が止まってしまえばそこでお別れ。神様のご守護こそ第一である。
息一筋が蝶や花
親として子どもが可愛いのは、当然のことです。だからこそ、わが子を「蝶よ花よ」といってどこまでも可愛がる。はたから見れば、どうかな?と思っても、親にすれば周りの目は関係ありません。ただただ、わが子が可愛いのです。その子どもが立派に成長して、社会に出て役に立ち、人さまに喜んでいただける人間になってくれれば、どれほど嬉しいことでしょう。
しかし、いくら見目麗しく優しい子に成長したとしても、息一筋が止まってしまえば、そこでお別れです。それまでの日々が思い出され、親として、辛く悲しい毎日を過ごすことになるでしょう。
神様のお言葉に、
「蝶や花のようと言うて育てる中、蝶や花と言うも息一筋が蝶や花である。これより一つの理は無い程に」(「おさしづ」M27・3・18)
とあります。
息一筋に神様の有り難いお働きがあるのであって、それならばこそのお互いです。息をしなくなれば、今世はそれで終わりということになります。
神様のご守護の世界に生かされているという真実に目覚めることが、何より大切なことです。それを知らずに、蝶よ花よと育ててみても、それは砂の上にお城を築いているようなもので、風が吹けば一夜にして崩れ去ってしまうことにもなりかねません。
神様に生かされているという真実を、すべての考え方の基盤にしながら日々を送る。その着実な歩みが、確かな人生を紡ぐことになるのです。
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