第1212回2023年1月7日・8日放送
衣食住について
人の衣食住を支える「豊かさ」とは何か。ヒントとなるのが「かしもの・かりもの」の教えである。
衣食住について
人間の衣食住は、さまざまな物質によって支えられています。この物質を自分の所有物にする上で必要なものがお金ですが、いずれにしても、人が物質や金銭の制約を離れて生きていくのは難しいことです。
大方の人は、物質と金銭に対する切実な関心を持っていて、その長い歴史の積み重ねによってある種の固定観念が生まれました。それは、ある水準まで物質的条件が満たされなければ幸せな生活とは言えない、という考え方であり、多ければ幸せ、少なければ不幸であるという見方です。
日本国憲法には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とありますが、健康で文化的な生活のために、ある程度の豊かさが必要なのは当然のことです。そこで人は富を求め、貧しさを恐れるのですが、では、どの程度まで満たされれば「陽気ぐらし」ができるのか、またそれを満たすための方法はどうあるべきか。そのヒントを与えてくれるのが、天理教の根本教理である「かしもの・かりもの」の教えです。
人間にとって自分そのものであると思われる身体ですら、神様からのかりものなのですから、この世界における物質や金銭も当然、我がものではありません。では、人間にとって「もの」とは何であるか。神様は、「与え」という言葉で教えてくださいます。
それは正に「天の与え」です。神様は、人間のつとめに応じて「天の与え」をくださるのであり、それによって、私たちは必要な衣食住を満たしているのです。
身体の内外に働くご守護に加えて、神様は私たちに知恵と文字を与えてくださいました。この二つによって習得した労働と技術が、人間の衣食住を支える基本的な柱となります。
「この世は神の身体である」と教えられる通り、この世界には、神様によって人間の生きる条件がすべて用意されています。空気や水、太陽の熱をはじめ、海には多くの生き物、野には米や野菜、山には樹木、地下には鉱物資源というように、まさに準備万端整っているのです。
しかし、人間が何もしないで遊んでいては、これらを活用することはできません。魚一匹とるにも人間の手による働きが必要であり、お米を作るためには相当の技術がいります。こうして、人間の働きによって、この世界には抱負な物質が生み出されることになります。
そして、次の段階では、そうして生産、獲得されたものを、いかに公平に分配し、陽気ぐらしの上に役立てていくか、という視点が必要になります。ここで私たちの心遣い、信仰の問題が重要になってきます。
いずれにしても、人は、知恵と学問によって習得した技術をもって、かりものの身体を働かせれば、神様は必要なものを必要なだけお与えくださる。そして、心一つが神様の思いに叶うなら、そうした物質的条件の上に陽気ぐらしを築くことができる。そのように言えると思うのです。
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