(天理教の時間)
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第1407回2026年10月9日配信

転んで見えたもの

家族円満 花田浩美
花田 浩美

文:花田 浩美

第1388回

教祖存命の理

お姿を隠されてから140年。存命である教祖のお働きをいかに実感出来るかが、信仰者としての課題である。

教祖存命の理

 

教祖が現身を隠されてから百四十年。今もご存命でお働き下さるその教祖のお働き、お導きをいかにして実感することが出来るか。それは、私たち信仰者にとっての大きな課題です。

教祖ご在世中に、教祖のお姿が目の前になくとも、そのお働きを頂戴した例として、次のような逸話が残されています。

明治十四年、船乗りをしていた土佐卯之助さんは、北海道奥尻島であわや遭難という危ないところを、九死に一生を得て無事大阪へ帰り着くことが出来ました。親神様のご守護のおかげであると、早速お礼を申し上げるべくおぢばへ帰りました。

教祖にお目にかかる前に、居合わせた信仰の先輩たちに、その時の様子を話していると、その中の一人が、「それは何月何日の何時頃のことではないか」と、遭難の日時を言い当てたのです。

その先輩の話によると、「その日、教祖は、お居間の北向きの障子を開けられ、おつとめの扇を開いてお立ちになり、北の方に向かって、しばらく、『オーイ、オーイ』と、誰かをお招きになっていた。それで、不思議なこともあるものだ、と思っていたが、今の話を聞くと、成る程と合点が行った」とのことでした。

これを聞いた卯之助さんは深く感激し、「ない命をお救け下さいまして、有難うございました」と、感涙とともに教祖にお礼を申し上げました。

すると教祖は、「危ないところを、連れて帰ったで」と、優しくおねぎらい下さった、という逸話です。(教祖伝逸話篇 88「危ないところを」)

直筆による「おふでさき」では、

 

  月日よりにち/\心せゑたとで
  くちでわとふむゆうにゆハれん (十四 6)

 

それゆへにゆめでなりともにをいがけ
  はやくしやんをしてくれるよふ (十四 7)

 

と記されています。

直接話し掛けはしなくとも、夢に見せてまで神の思いを知らせるというお歌です。私たちが日常見る夢の中にも、教祖からの直接のお知らせがあるのかも知れません。しかし、私たちの心のダイヤルが教祖の波長と合わないばっかりに、それに気づかずにいるということもあるのではないでしょうか。

お言葉に、

「心の澄んだ人の言う事は、聞こゆれども、心の澄まぬ人の言う事は、聞こえぬ」(教祖伝逸話篇176「心の澄んだ人」)

とあります。

これは、今日の私たちであっても、心を澄ましてお尋ねすれば、教祖はその声を必ず聞き入れて下さるということでしょう。常に教祖を身近に感じながら、陽気ぐらしへの歩みを進めたいものです。

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