第1333回2025年5月9日配信
はらだちのほこり
腹を立てることは誰しもあるが、教祖はそれを陽気ぐらしに反する心遣いとして戒められている。
はらだちのほこり
腹を立てたことがないという人は、おそらくいないでしょう。腹を立てるのに理由などありません。冷静に振り返れば原因をたどることも出来ますが、その場の怒りにまかせ、つい言葉に出してしまうといった経験は、誰しもあると思います。
教祖は、私たちが日常使いがちな、陽気ぐらしに反する心づかいを「ほこり」にたとえて教えられていますが、その中で「はらだち」のほこりについて、次のようにお示しくださいます。
「はらだちとは、腹が立つのは気ままからであります。心が澄まぬからであります。人が悪い事を言ったとて腹を立て、誰がどうしたとて腹を立て、自分の主張を通し、相手の言い分に耳を貸そうとしないから、腹が立つのであります。これからは腹を立てず、天の理を立てるようにするがよろしい。短気や癇癪は、自分の徳を落とすだけでなく、命を損なうことがあります」
教祖は常に、教えを求めて寄り来る人々のそれぞれの心づかいを見極められた上で、お諭し下さいます。
入信後間もない、生来気の短い青年に対しては、「やさしい心になりなされや。人を救けなされや。癖、性分を取りなされや」と仰せられました。
また、夫婦で熱心に信心していた桝井伊三郎さんには、次のようにお話し下さいました。
「内で良くて外で悪い人もあり、内で悪く外で良い人もあるが、腹を立てる、気儘癇癪は悪い。言葉一つが肝心。吐く息引く息一つの加減で内々治まる」
「伊三郎さん、あんたは、外ではなかなかやさしい人付き合いの良い人であるが、我が家にかえって、女房の顔を見てガミガミ腹を立てて叱ることは、これは一番いかんことやで。それだけは、今後決してせんように」
伊三郎さんは、女房が告げ口をしたのだろうか、と疑いましたが、いやいや神様は見抜き見通しであらせられる、と思い返し、「今後は一切腹を立てません」と心を定めたところ、少しも腹が立たなくなったのでした。(教祖伝逸話篇137「言葉一つ」)
神様の教えをほうきとして、日々胸の掃除に努めるうちに、腹立ちの心は消え去ってしまう。実に尊い先人の歩みが示されています。
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