第1330回2025年4月18日配信
「おしい」のほこり
心や身体を十分に働かせてこそ陽気ぐらしができる。出し惜しみ、骨惜しみの心遣いは「ほこり」と教えられる。
「おしい」のほこり
天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、私たち人間の間違った心遣い、陽気ぐらしに反する自分中心の心遣いを「ほこり」にたとえてお諭しくださいました。
教祖は、ほこりの心遣いを掃除する手がかりとして、「おしい・ほしい・にくい・かわい・うらみ・はらだち・よく・こうまん」の八つを教えられていますが、そのうちの「おしい」のほこりについて、次のようにお聞かせ下されています。
「おしいとは、心の働き、身の働きを惜しみ、税金など納めるべき物を出し惜しみ、世のため、道のため、人のためにすべき相応の務めを欠き、借りたる物を返すのを惜しみ、嫌な事は人にさせて、自分は楽をしたいという心。すべて、天理に適わぬ出し惜しみ、骨惜しみの心遣いはほこりであります」。
私たちは、心や身体を十分働かせることによって楽しい暮らしができる。そのように、親神様によって造られているのです。心も尽くさず、身も働かせずに横着をしていると、いつしか親神様のご守護を十分に頂けなくなってしまいます。
明治七年のこと。当時十八才の西尾ナラギクさんがお屋敷へやって来て、皆と一緒に教祖の御前に集まっていました。やがて、人々が挨拶をして帰ろうとすると、教祖は娘のこかん様を呼んで、「これおまえ、何か用事がないかいな。この衆等はな、皆、用事出して上げたら、かいると言うてない。何か用事あるかえ」と仰いました。
こかん様が、「沢山用事はございますなれど、遠慮して出しませなんだのや」と答えると、「そんなら、出してお上げ」と教祖が仰せられたので、こかん様は糸紡ぎの用事を出しました。
皆が一生懸命糸を紡ぎ、やがてナラギクさんの所で一つ分出来上がりました。すると教祖がお側に来られ、ナラギクさんの肩をポンと叩いて、その出来たものを三度押し頂かれ、こう仰せられました。
「ナラギクさん、こんな時分には物のほしがる最中であるのに、あんたはまあ、若いのに、神妙に働いて下されますなあ。この屋敷は、用事さえする心なら、何んぼでも用事がありますで。用事さえしていれば、去のと思ても去なれぬ屋敷。せいだい働いて置きなされや。先になったら、難儀しようと思たとて難儀出来んのやで。今、しっかり働いて置きなされや」(教祖伝逸話篇37「神妙に働いて下されますなあ」)
若い時には身体を十分に働かせること。そして、たとえ身体が不自由を抱えても、心をしっかり働かせること。いずれにしても、生涯、働く者として親神様にお使い頂けるのですから、こんなに有難いことはありません。
HOME

