第1327回2025年3月28日配信
こころの錦
「病の元は心から」。教祖がこの教えを説かれるまで、病気の原因をはっきりと知る者はいなかったのだ。
こころの錦
天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、朝夕に唱える「みかぐらうた」の中で、こう教えられています。
九ツ このたびまでハいちれつに
やまひのもとハしれなんだ
十ド このたびあらはれた
やまひのもとハこゝろから
教祖がこのように教えられるまで、人々を悩ませる病の原因は何なのか、はっきりと知る者はいなかったのです。人のことを顧みずに我が身のことばかり考える、その勝手気ままな心遣いこそが病の元であり、その心の色を変えずしてご守護頂くことはできません。
この信仰は、どこまで行っても自分自身の心を立て替えることが第一であり、見た目をよくするために着飾ろうという考えなどは、どこか遠くへ追いやらなければならないでしょう。
教祖は、「外の錦より心の錦、心の錦は神の望み。飾りは一つも要らん」と仰せられ、さらに「もう着るもの無けにゃ、もう無うても構わん/\。美しい物着たいと思う心がころりと違う」と、お諭し下さいます。(M35・7・20)
明治七年、増井りんさんは、目の見えないところをすっきりご守護頂き、この道の信仰につきました。明治十年頃より、十日交代でお屋敷につとめるようになったりんさんは、早朝から夜遅くまで、人の嫌がる便所掃除やニワトリの世話など、どんなことでも喜び勇んで働きました。そして、寸暇を惜しんでは、人だすけの上に苦労を重ねました。
その真実の働きにより、教祖のお守役をつとめるようになったりんさんは、後にこのように語っています。
「人は顔容姿粧ろうよりも、心の磨きが肝心であります。(中略)まず顔容姿粧ろう人は、どうしても心の磨きが足りませぬ。それよりも、心の磨きがまず肝心であります。身にどんな立派な着物を着、立派なものをつけておろうが、心遣いが間違っておったなら、神様の御守護は頂けませぬ。
表面の飾りよりも心の磨き、心の錦が肝要であります。たとえ着物は木綿を着ておろうとも、心遣いが天の理に叶っておりさえしますれば、神様の御守護は結構に頂けます」
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