第1303回2024年10月11日配信
たのしみ
神様は「たのしみ」という表現を使って、先に期待をかけるこの道の通り方をお示しくだされている。
たのしみ
「たのしみ」という言葉は、一般には物事を見たり聞いたりして、喜びを感じるという意味で使われますが、神様のお言葉の中にも、再三「たのしみ」という表現が出てきます。
教祖・中山みき様「おやさま」直筆による「おふでさき」では、
心さいすきやかすんだ事ならば
どんな事てもたのしみばかり (十四 50)
と、心が澄んだ状態になれば、楽しみ尽くめの日々を送れると示されています。
また、親神様が何を楽しみにされているかについては、
にち/\にしらぬ事をやない事を
これをしへるが月日たのしみ (八 77)
と、世界中の人々がいまだ知らないことを教え、陽気ぐらしへと導いていくことが楽しみであると示されています。すなわち、私たちは親神様の教えによって楽しみを与えられ、その人間の楽しむ姿を見て親神様も共に楽しまれる。これこそ神人和楽の陽気ぐらし世界です。
しかし、楽しみと言っても良いことばかりではなく、親神様は、私たち人間の「今さえ良ければ」という刹那的な「楽しみ」については、厳しく戒められています。
「その場の楽しみをして、人間というものはどうもならん。楽しみてどうもならん。その場は通る、なれども何にもこうのう無くしては、どうもならん事に成りてはどうもならん」(M22・3・22)
そして、「たのしみ」のもう一つの意味、先のことに期待をかけて心待ちにする様を、この道の結構な通り方として示されています。
「神がちゃんと見分けて、一つのあたゑを渡してある。今の楽しみ、先の細道。今の細道、先の楽しみ。先の道を見て居るがよい」(M22・10・26)
たとえ今は楽しい道を通れなくとも、先の楽しみを見据えて真実を尽くすことの大切さをお諭しくだされています。
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