第1218回2023年2月18日・19日放送
大阪で婚礼が
自分の信じる道を家族に反対されるのは辛いもの。だが、教祖はそのような時も必ず良き方向へ導いてくださる。
大阪で婚礼が
天理教教祖・中山みき様「おやさま」をめぐって、こんな逸話が残されています。
明治十五年三月のある日、土佐卯之助さんは、信仰に対する両親の猛烈な反対に苦しみ抜いた揚げ句、神様の鎮まるお社を背負い、他に何一つ持たず、妻にも知らせず、忽然と徳島・撫養の地から姿を消し、大阪で布教を始めました。
家に残してきた妻・まささんのことを思い出すと、たまらない寂しさを感じましたが、大阪に出ておぢばに近くなったのが嬉しく、教祖にお目にかかるのを何よりの楽しみにしていました。
ある春の日、卯之助さんは暖かい日射しを背に受けて、お屋敷で草引きをしていました。するといつの間にか教祖が後ろにお立ちになって、ニッコリ微笑みながら、こう仰せられました。
「早よう大阪へおかえり。大阪では、婚礼があるから」
卯之助さんは、「はい」と返事をしたものの、結婚と聞いて思い当たる人はありません。謎のような教祖のお言葉を頭の中で繰り返しながら大阪の下宿へ帰ると、玄関に女性の履物が脱いであります。妻のまささんでした。
まささんは、卯之助さんの胸にすがり付き、顔をうずめて泣き入るのでした。やがて顔をあげたまささんは、「私と、もう一度撫養へかえって下さい。お道のために、どんな苦労でもいといません。今までは、私が余りに弱すぎました。今は覚悟が出来ております。両親へは私からよく頼んで、必ずあなたが信心出来るよう、道を開きます」と、泣いて頼みました。
卯之助さんは、今、国へ帰れば情に流されてしまうと思い、一言も返事をしませんでした。その時、卯之助さんの脳裡にひらめいたのは、おぢばで聞いた教祖のお言葉でした。土佐家への復縁などは思いもしませんでしたが、よく考えてみると、大阪で嫁をもらう花婿とは、この自分であったかと、初めて教祖のお言葉の真意を悟らせて頂くことができたのです。
「自分が、国を出て反対攻撃を避けようとした考え方は、根本から間違っていた。もう一度、国へかえって、死ぬ程の苦労も喜んでさせてもらおう。誠真実を尽し切って、それで倒れても本望である」と、ようやく決心が定まったのです。(教祖伝逸話篇 99「大阪で婚礼が」)
どんな道を通るにも、それぞれ苦労が伴います。中でも自分の信じる道を家族に反対されるのは、最も辛いことに違いありません。
家族の反対を避け、一度は大阪へ出た卯之助さんですが、たすけ一条の心は真実そのものでした。だからこそ教祖は、夫婦の絆を固く結び直してくださったのではないでしょうか。
夫婦、親子、きょうだいという間柄は、距離が近いゆえに危うさも抱えていますが、神様が結んでくださったかけがえのない縁であることを忘れずに歩みたいものです。
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