(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1216回

感謝の心、人から人へ

レストランでの三世代家族の何気ない光景。祖母の孫を包み込む優しさは、やがて母親へ受け継がれていく。

感謝の心、人から人へ

 

お昼時のファミリーレストランの店内。テーブルには三世代家族が仲良く座り、まだ三、四歳ぐらいの小さな子どもが、母親とおばあちゃんの前ではしゃいでいます。そのうちに、その子は勢いよく通路を走り始めました。

通路の側に座っていたおばあちゃんは、「危ないよ」と声をかけながら、そっとテーブルの角に自分の手の平を当てました。すると次の瞬間、子どもはおばあちゃんの手の甲に頭をぶつけてしまいました。びっくりしたのか、子どもは大人しくなり、元の席に静かに座りました。

隣りにいたお母さんは、「すみません」とおばあちゃんに謝りました。「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と、おばあちゃんは何事もなかったように、目を細めて孫を見つめていました。

これは、どこにでもある家族の光景です。おばあちゃんの記憶にも、子どもの記憶にも残らないかもしれません。無論、おばあちゃんも、「あの日、あなたが頭にコブを作らなかったのは、私が手を出して守ってあげたからよ」などと、後になって恩着せがましく言ったりはしないでしょう。しかし、子どもをケガから救ったのは、紛れもなくおばあちゃんの優しさでした。

神様と私たち人間の間でも、日常これと似たようなことが起こっているのではないかと、ふと考えます。神様は私たち人間が危ない目に遭わないよう、先回りしてご守護くださっている。それは、決して語られることのない無償の愛情ではないだろうかと。

天理教の信仰者は、「神様は大難を小難に、小難を無難にお導きくださっている」と常々口にします。大きい災難を、小さな災難にして頂いた。小さな災難に遭うところを、何事もなく無事に通らせて頂けた。目の前で起こる出来事からそう悟っていきます。

「そんなことがあるものか。すべては偶然だ。起こるべくして起こるのだ」そう考えるのも、個人の自由です。しかし一つだけ確実に言えるのは、「神様に守っていただいている」と思う人の心には、その瞬間、感謝の気持ちが芽生えているということです。その感謝は、その人の心に優しさを生みます。

先ほどのシーンで言えば、おばあちゃんの優しさにふれたお母さんは、おばあちゃんに感謝します。そして次に自分が同じような場面に出合えば、自然に同じ行動を取るはずです。

こうして恩は人から人へと送られていきます。これが、信仰が育む風景であり、感謝がもたらす心豊かな生活のありがたさだと思うのです。

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