(天理教の時間)
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第1311回2024年12月6日配信

彼女に足らなかったもの

山本達則先生 IMG_1557
山本 達則

文:山本 達則

第1192回

ごはん一粒

オーストラリアの女子学生が初めておぢばがえりをした。日本の文化に憧れ続けた彼女の、食事の際のエピソード。

おさしづ春秋『ごはん一粒』

 

良き日ばかりなら良いなれど、そう/\は行こうまい。よう聞き分け。慎みの心が元である。

(M28・5・19)

洗髪料という言葉が懐かしい時代になった。以前はどこの銭湯でも入浴料金とは別に、髪を洗う人は自己申告で洗髪料を番台に払った。だいたい十円のところが多かったと覚えている。いい文化だったと思う。

それを払ったからといって、あからさまにお湯の無駄遣いをしたわけではなく、一人ひとりが小さな石鹸箱の中に節度というものを携えていた。今でも、地域によっては洗髪料の残っている銭湯もあると聞いてしんみり懐かしい情景を思い出したが、お湯を使う心は残っているだろうか。

先頃、日本でのホームステイ先がたまたま信者宅であったという理由で、オーストラリア人の女子学生がおぢばがえりをした。一緒になった日本の学生たちは、身振り手振りを交えて、親切に日本のことや教えのことを伝えようとしていたし、彼女も精一杯にうなずいて、それに応えようとしていた。

ある朝、学生たちが食事をおえて席を立とうとすると、彼女だけがまだ終わっていない。雑談がはじまり、どうしたの、といら立つ学生もいる。私が隣から覗くと、彼女は慣れない箸でお茶碗の中を一生懸命につついている。一粒のごはん粒がぺしゃんこになって底にへばりついて、それがどうしても取れなかったのである。

彼女は訴えるような蒼い目で、「日本は、これを残しません」と言った。雑談がやんだ。

そもそも彼女は「一粒の米も粗末にすると目がつぶれる」という文化の薫りに憧れて日本に来ていたということを、あとで知った。恥ずかしい思いをしたのはこちらの方だった。

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