(天理教の時間)
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第1279回2024年4月26日配信

欲しい愛情のかたち

宇田まゆみ
宇田 まゆみ

文:宇田 まゆみ

第1108回

言葉の代わりに…

言葉にできない心の葛藤を抱える子供たち。表情や態度からその思いを感じ取る力を養いたいものだ。

神様からの宿題  -言葉の代わりに-
  (「人間いきいき通信」2002年7月号より)

Aくんは小学五年生の男の子で、不登校の状態が一年以上続いていた。週に一度の面接のとき、彼は必ず、自作のスゴロクを持参した。最初にそのスゴロクを見たときは驚いた。
スタートからゴールまでの百個以上のマス目一つひとつに、文字がびっしり書き並べられていて、なかなか先へ進むことができないのだ。

私と彼とが交互にサイコロを振るのだが、目の数だけコマを進めると、
「二回休憩!」
「三マス戻る!」
「目をつぶって五分間黙る!」
など、どのマス目も停滞と後退の繰り返しで、やっと半分進んだと思うと、またスタートに戻ってしまう。

「これじゃ、いつまでたっても上がれないよ」と嘆く私に、彼はほほ笑みながら、毎回新しい「上がれないスゴロク」を持ってきては、サイコロを振り始めるのだった。
正直、「上がれないスゴロク」は、私にとってシンドイものだった。常に中途半端な形で終わるので、心は落ち着かないし、精神的にも疲れる。それでも彼がここまでこだわるのには訳があるはずだと、およそ半年間、気長に付き合っていた。

そしてある日、ふと気がついた。
このスゴロクをしているときに感じる苦しさは、何日もかけて、ひたすらこれを作っているAくんからの言葉にできない私宛てのメッセージなのだ、心の中のいろいろな思いが邪魔をして前になかなか進めない苦しさを、スゴロクに託して、SOSを発信していたのだと、心にピーンと響いたのである。

以後、私はスゴロクの上がりにこだわることなく、彼の気持ちを大切に受けとめて楽しむことができるようになり、それと同時に、彼も少しずつ変化を見せ始めた。

やがて、スゴロクに空白のマス目が現れ、その数がだんだん増えて、
「三マス前に進む」
「ボーナスチャンス! サイコロの目の数だけ進む」
などの前進マスが出てくるようになった。
そしてついに、二人ともゴールインできるようになり、それからしばらくして、彼は学校に通い始めたのである。

あるとき、対人恐怖症と診断された中学生の女の子が、こう話してくれたことがある。

「私が話せば話すほど、周りの人たちは誤解するの。何もしゃべらずに黙っていようと何度も思ったけれど、周りはそれも許してくれない。言葉に表しても分かってもらえないから、自分の気持ちを話せと言われるのが怖い。いつも相手に気を使いすぎて、自分が何を言いたいのか分からなくなってしまう。話す前に疲れてしまう」

私たち大人は子供によく、
「はっきり言いなさい!」
「ちゃんと言葉にして言わなければ何も分からないよ!」
と言って叱ることが多い。
しかし、自分の思いをきちんと言葉に整理して話せるくらいなら、誰も悩んだり苦しんだりはしないのだ。

むしろ、言葉に表してもらわねば相手の心を感じることができないという、受ける側に問題があるとも言える。
子供の中にあるたくさんの複雑な思いを、大人の都合に合った聞こえのいい言葉になど、まとめられるはずはないのである。

相手の口から発せられる言葉にだけ頼ってしまうのではなく、表情や態度などから「言葉にならない言葉」を感じとる力を、日ごろから養っていくことが大切だと思う。

それは、自分自身にとっても、人生の折々に病気やさまざまな事件などの形で与えられる神様からの「言葉にならないメッセージ」を、正しく読みとっていくトレーニングにつながっていくのである。

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