第1266回2024年1月26日配信
ほしいのほこり
自分の働き以上にお金が欲しい、楽をして人一倍もうけたい。「ほしい」のほこりには際限がない。
ほしいのほこり
天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、私たち人間の間違った心遣い、神様の思召しに沿わない自分中心の心遣いを「ほこり」にたとえてお諭しくださいました。
教祖は、ほこりの心遣いを掃除する手がかりとして、「おしい・ほしい・にくい・かわい・うらみ・はらだち・よく・こうまん」の八つを教えられていますが、そのうちの「ほしい」のほこりについて、次のようにお聞かせいただいています。
ほしいとは、心も尽くさず、身も働かずして、金銭を欲しがり、不相応に良き物を着たがり、食べたがり、また、あるが上にも欲しがるような心。何事もたんのうの心を治めるのが肝心であります。
自分が働いた分の収入を得たいと思うのは正当な要求ですが、できることなら働いた以上にもらいたい、あるいは楽をして、人一倍もらいたいというような心。それはほこりであると、はっきりお諭しくだされています。
また、不相応に良き物を着たがり、食べたがり、というのは、自らの徳分に見合わないものまで欲しがる、ということでしょう。お金があるから贅沢をする、というのではなしに、お金があるないにかかわらず、粗末な食事をも感謝して食べられる人が、本当の意味で徳分のある人と言えるのではないでしょうか。つまりは有っても慎む、という意識を常に忘れずにいることが、ほしいのほこりを積まない秘訣なのです。
さて、最後に「何事もたんのうの心を治めるのが肝心」とあります。たんのうとは、これで結構、有り難いと前向きに受け止めることです。ほしいのほこりに即して言えば、金銭や物が十分にないことを不足に思ったり、嘆いたりするのではなく、それが現在の自分に相応しい与えであると納得し、喜んで受け入れることです。
さらに言えば、ものに関してだけでなく、人に「ああして欲しい、こうして欲しい」と求める心遣いも、ほしいのほこりとなります。
自分の意に沿わない人に対して不満を抱いたり、人のせいにしたりするのではなく、自らの心の持ち方を変え、いつでも喜びの心で通れるよう努めたいものです。
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