第1230回2023年5月19日配信
これこそ本当の親や
神社仏閣に詣り信心をしていた庶民にとって、教祖に出会った時の感激はいかばかりであったか。ある逸話から。
これこそ本当の親や
天理教教祖・中山みき様「おやさま」のこのような逸話が残されています。
文久三年、桝井キクさんが39才の時のこと。夫の伊三郎さんが、ふとした風邪から喘息となりました。もともと神信心の好きなキクさんは、近くはもとより、二里三里も離れた詣り所や願い所まで足を運びましたが、夫の喘息は一向によくなりません。
そんな時、隣家の者に勧められて初めてお屋敷へ参り、教祖にお目通りさせて頂きました。教祖は、「待っていた、待っていた」と、可愛い我が子がはるばる帰ってきたのを迎え入れるように、キクさんにやさしい温かなお言葉を掛けられました。
キクさんが、「今日まで、あっちこっちと、詣り信心をしておりました」と申し上げると、教祖は、「あんた、あっちこっちとえらい遠廻りをしておいでたんやなあ。おかしいなあ。ここへお出でたら、皆んなおいでになるのに」と仰せられ、やさしくお笑いになりました。
このお言葉を聞いて、キクさんは、「ほんに成る程、これこそ本当の親や」と、何とも言えぬ慕わしさが胸の底まで沁みわたり、強い感激に打たれたのでした。(教祖伝逸話篇 10「えらい遠廻りをして」)
教祖がこの教えを伝え始められた江戸末期、お屋敷周辺には数多くの神社仏閣がありました。キクさんの「今日まで、あっちこっちと、詣り信心をしておりました」という言葉には、当時の庶民の具体的な信仰の様子が表れています。
日本では伝統的に、人々は唯一の絶対的な神の存在を信じるというより、豊かな自然の恵みの中に、さまざまな神や仏の姿を感じながら日常生活を営んできました。
そのような時代、苦しみの渦中にある人々にとって、教祖の親心に満ちたお言葉や御態度は、それまでに全く経験したことのないもので、人生を奥深く見つめる契機となったに違いありません。
多くの神仏にすがってきたキクさんにとっても、従来の拝み祈祷ではない、生きることの根元的な意味を教祖から感じ取ったことでしょう。そして、ようやく「本当の親」に会えた、という感激から、深い信仰へと導かれていったのです。
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