第1379回2026年3月27日配信
疑う心
神様は人間の本来生きるべき正しい道を示してくださるが、人間の「疑う心」が陽気ぐらしへの妨げとなっている。
疑う心
朝夕に唱えるおつとめの地歌である「みかぐらうた」に、
ひとのこゝろといふものハ
うたがひぶかいものなるぞ(六下り目 一ッ)
とあります。
人間である限り、物事に対して多少の疑いを持つのは、ある意味当然のことかも知れません。ましてや目に見えない神様の言うこと、なすこととなると、初めからすべてを信じるのはとても難しいことです。
しかし、人間には本来生きるべき正しい道があります。その教えが、人類の親である親神様の教えです。教えに沿った生き方をして、正しい道をひたすらに歩んでいけば、何も問題は起きません。しかし、「誰も見ていないから、行ってしまえ」と止まるべき所で止まらなかったり、「こっちの方向であっているだろう」と、曖昧な判断で間違った方向へ行ってしまったり。それらも全ては疑う心から来ています。
神様のお言葉をひもとくと、「神の言葉に嘘はない」という意味のお言葉が散見されます。
そのものズバリ、
「神は嘘は言わん」(M37・12・14)
また、
「これからという、これから嘘は一つも無い、という事思案せ。嘘というは何も旨い事はあろまい。真実というは、真実見えて来る。嘘と思うたら嘘になる。誠思えば誠出て来る。…神の道に嘘は無い。嘘に旨いものは無い。勇んでくる。嘘やない。結構台である」(M33・9・9)
さらには、
このよふをはじめた神のゆう事に
せんに一つもちがう事なし(一 21)
と、「おふでさき」に記されています。
これらのお言葉は、いわば人々の心が疑い深い証拠とも言えます。人間が疑う心を持つこと、神様の思いに背を向けてしまうことは、陽気ぐらしを妨げる大きな要因の一つです。
人間は神様のもとに、皆お互いにきょうだいであるという自覚を持つことが大切で、この気持ちがないと、神様の教えはもとより、人間同士でさえいつまでも疑い合わねばならないことになってしまうのです。
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