第1348回2025年8月22日配信
梶本宗太郎さん
小さい頃から教祖のお側で遊び、そのまま信仰へと導かれた者は数多い。ひ孫の梶本宗太郎さんもその一人である。
梶本宗太郎さん
小さい頃から、教祖のお屋敷へ引き寄せられ、その教祖の温かい親心にふれ、生涯を信仰にささげた者は数多くいます。
教祖のひ孫にあたる梶本宗太郎さんも、その一人です。小さい頃の教祖との思い出を、このように語っています。
教祖にお菓子を頂いて、神殿の方へでも行って、子供同士遊びながら食べて、なくなったら、又、教祖の所へ走って行って、手を出すと、下さる。食べてしもうて、なくなると、又、走って行く。どうで、「お祖母ちゃん、又おくれ」とでも言うたのであろう。三遍も四遍も行ったように思う。
それでも、「今、やったやないか」というようなことは、一度も仰せにならぬ。又、うるさいから一度にやろう、というのでもない。食べるだけ、食べるだけずつ下さった。ハクセンコウか、ボーロか、飴のようなものであった、と思う。大体、教祖は、子供が非常にお好きやったらしい。
櫟本の梶本の家へは、チョイチョイお越しになった。その度に、うちの子にも、近所の子にもやろうと思って、お菓子を巾着に入れて、持って来て下さった。
私は、曾孫の中では、男での初めや。女では、オモトさんが居る。それで、
「早う、一人で来るようになったらなあ」
と、仰せ下された、という。(『教祖伝逸話篇』193「早う一人で」)
教祖の懐に抱かれながら成長し、家族共々お屋敷へ入り込み、教会本部に長らく務めた宗太郎さんは、後年、このようなお話をしています。
このお屋敷に連れ帰られたみなさまこそ、まことに幸福な方々であります。
だれ一人として不足な心づかいで帰りている者がありましょうか。病気をたすけてもらったうれしさとか、今までは内々も、親子、兄弟、夫婦の中をむつまじく暮らせなかったが、教えの理を聞かしていただき、内々が互い互いの心の改良ができて円満に通させていただいているとか、そのうれしさを神様に報告申し上げるとか、親神様のひざ元に参りて心のさんげをさせていただきたいとか、今後は道の上で働かせていただく決心を告げ奉るとか、でありまして、何万の人々は和気藹々のうちにお屋敷にお帰りになったのであります。
お言葉にも、
をもしろやをふくの人があつまりて
天のあたゑとゆうてくるそや (四12)
にち/\にみにさハりつくまたきたか
神のまちかねこれをしらすに (四13)
とお諭しありますごとく、喜び勇んで帰るみなさまを、神様は日々にお待ちかねておいでになります。
まさに、教祖に引き寄せられた喜びそのままに、宗太郎さんは生涯をこの道の信仰に捧げたのでした。
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