第1329回2025年4月11日配信
にをいがけ
五感の中でも、嗅覚は取り分け刺激的である。教祖は教えを弘めることを「にをいがけ」と教えられた。
にをいがけ
私たちが物事を理解する上で、見るという働きは大きな力です。よく「百聞は一見に如かず」と言いますが、たしかに百回聞くより一回見ることのほうが、より物事の本質に近づける場合も多くあります。
といって、聞くことを疎かにはできません。目に見えない大切なものもあるからです。人の心などはまさしくそうで、言葉を聞くことのなかにその人の気持ちに近づくこともできるでしょう。
そして嗅覚、匂いもまた五感の一つです。見えるものでもなく、聞こえるものでもなく、また触ること、触覚とも違い、形も分かりません。何だか頼りないように思えますが、しかし匂いほど強烈に私たちの感覚を刺激し、記憶に残ることもないのです。
どこからかお肉を焼くいい匂いがしてきて、食欲をそそります。色とりどりに咲く花の匂いで、季節を感じることができます。その人、その家特有の匂いが様々な記憶を呼び起こすこともあります。
しかし、悪臭、悪い匂いというのも多くあって、これは遠慮したいものです。いくら見た目が美しく、味わい豊かな食卓を囲んでも、匂い一つで台無しになってしまうかも知れません。
このように私たちの持つ五感について並べていくと、「にをいがけ」というこの教え独特の表現に思い至ります。にをいがけとは、教えを伝え弘めることで、言わば神様の匂いを伝えることです。その匂いは、自らが神様の教えを日々実行していく中に身についてくるものであって、香水を振りかけてお終いというような、簡単なことではありません。
神様のお言葉に、「さあ/\どんな者も皆寄り来る。めん/\我がものと思うて、花の色匂いを取る心が世界では分からんで。匂い取り兼ねる/\。人間心の色はどうもならん」とあります。(M21・7・17)
いい匂いのする所には、人が自然と寄ってきます。しかし、私たちは自分の匂いというものはなかなか分からないものです。
神様は、人間心という匂いを取ることを忘れてはならない、とお諭しくださいます。人間思案、わが身思案の心遣いを捨て去って、どこまでも、神様の教えに基づいた匂いのするお互いでありたいものです。
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