第1261回2023年12月22日配信
たいしよく天のみこと
「切る」という言葉には良くないイメージもあるが、これもいざという時に欠かせない親神様のお働きである。
たいしよく天のみこと
神様は、人間が陽気ぐらしをするのを見て共に楽しみたいと、この世界と人間をお造りくだされた、私たち人類の親であります。そして今も昼夜を分かたず、この世界の隅々から私たち一人ひとりの身体に至るまで、一切のご守護をくだされています。
教えでは、この神様のご守護を十に分け、それぞれに神名をつけて説き分けられていますが、そのうちの「たいしよく天のみこと」については、「出産の時、親と子の胎縁を切り、出直しの時、息を引きとる世話、世界では切ること一切の守護の理」と教えられています。
赤ちゃんはお腹の中では、母親とへその緒でつながっていて、そこから栄養と酸素を与えられています。そして、この胎縁が切れると、赤ちゃんはオギャーと産声をあげ、自力で呼吸を始めます。これが息を引きとるまでずっと続くわけです。つまり、最初に自力で呼吸をする時と、最後に息を引きとる時、誕生と死において、私たちはこのたいしよく天のみことのお働きを頂いているのです。
一般に、誕生はめでたいことですが、死は何か暗い、忌まわしいものだと考えがちです。しかし、天理教では、死は「出直し」であり、魂は生き通しで、また新しい身体をお借りして、この世に生まれ替わってくると教えられています。つまり、死はそれで終わりというものではなく、生まれ替わるための一つの節目、新たな出発点でもあるということです。
言うまでもなく、死がなければ誕生もあり得ません。死ぬ者がいなくて、生まれる者だけがどんどん増えれば、世界はたちまち人であふれてしまいます。この生命の循環ということを考えれば、誕生と死は一つであり、切り離すことのできないものであることが分かります。
さらに、死と並んで「切る」という言葉にも、何となく良くないイメージがあります。しかし、「みかぐらうた」の中で、
「六ツ むほんのねえをきらふ」
「八ツ やまひのねをきらふ」(二下り目)
と、争いや病を根絶しようと仰せられる通り、切ることも、私たちにとって大切なお働きです。
長い患いや悩みをたすけて頂きたいと願う時、それまでと同じ心遣いや通り方をしていては、ご守護を頂くのは難しいでしょう。自らの癖性分を断ち切り、心を生まれ変わらせるほどの大きな決断をしなければなりません。斯様に、「切る」働きとは、人生の節目において必要不可欠なものなのです。
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