第1219回2023年2月25日・26日放送
目に見えぬ神
目に見えない神様の存在を知ることは容易ではない。しかし、我々はいつまでも無知のままでいていいのだろうか。
目に見えぬ神
人間はいかにして神様の存在を知ることができるか―これは大変重大であり、かつ難しい問題です。
天理教教祖・中山みき様「おやさま」直筆による「おふでさき」には、
めへにめん神のゆう事なす事わ
なにをするとも一寸にしれまい (三 25)
とあり、目に見えない神様の言う事成す事は、人間には容易に理解できないであろうことを示されています。
では、理性あるいは知恵・学問をもって神様を知ることはできるでしょうか。学問は確かに人間の経験できる範囲をはるかに越えた広い世界を見ることができますが、「おふでさき」には、
いまゝでハがくもんなぞとゆうたとて
みゑてない事さらにしろまい (四 88)
とあり、神様のなさることは、従来の学問では知り得ない未知の領域であることを示されています。
このように、神様の存在やその思いを理解することに関しては、人間は昔も今も変わらず無知の状態にあります。それを、
よろつよのせかい一れつみはらせど
むねのハかりたものハないから (一 1)
とのお歌で明らかにされています。
では、私たちは、いつまでもこうした無知にして不完全な状態に留まっていなければならないのでしょうか。神様の存在に直接触れることは、とても難しいことかもしれません。しかし、教えを学び実践することによって、信仰を深め、神様の思いにより近づくことは可能であり、その大いなるご守護を肌で実感することはできるでしょう。「おふでさき」に、
このもとをくハしくきいた事ならバ
いかなものでもみなこいしなる (一 5)
とあり、教えを詳しく、繰り返し繰り返し味わい尽くせば、どんな者でも皆恋しくてたまらなくなるのだと仰せられます。恋しくなるとは、神様の思いを知れば知るほど嬉しさが募り、一日も離れていられない状態になるということです。
そうして、この世界と人間の根本原理を皆が知るに至れば、どういう結果になるのか。
かみがでてなにかいさいをとくならバ
せかい一れつ心いさむる (一 7)
すなわち、世界中の人間の心が勇んでくる。誰もが生きることに自信と喜びを持ち、陽気ぐらしへ向かって進むことができる。このように約束されているのです。
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