(天理教の時間)
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第1405回2026年9月25日配信

伝えたい思いがある

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関根 健一

文:関根 健一

第1211回

遠方から子供が

人は疲れた時、ちょっとした気遣いによって生き返る心地がするものだ。教祖の親心あふれる逸話から。

遠方から子供が

 

寒い夜、仕事から帰宅すると、すでにあったかいお風呂が沸いています。お風呂から出ると、温かい食事、そしてふかふかの布団。これすべて、今日も一日お疲れ様、という労いから来る「先回りの気遣い」です。これがあるからこそ、辛い仕事も頑張れるんですね。

この「先回り」ということについて、天理教教祖・中山みき様「おやさま」の、次のような逸話が残されています。

 

ある日、熱心な信者であった立花善吉さんは、その頃の誰もがそうであったように、大阪から歩いておぢばへ帰って来ました。野を越え、山を越え、およそ40キロの道のりを歩いて、さあ、もうひと辛抱という所で元気が出て、得意の浄瑠璃のひと節を語りながらお屋敷を目指しました。

そうしてようやく教祖にお目にかかると、教祖は、善吉さんを見るなり、「善吉さん、良い声やったな。おまえさんが帰って来るので、ちゃんとお茶が沸かしてあるで」と仰せになりました。

このお言葉を聞いて、善吉さんは、教祖が見抜き見通されていたことへの驚きと、温かい心配りへの感激に、言葉も出なかったといいます。(教祖伝逸話篇94「ちゃんとお茶が」)

 

また、明治十六年のある日、一人の信者がお餅をお供えにやって来ました。側の者がこれを教祖のお目にかけると、教祖は、「今日は、遠方から帰って来る子供があるから、それに分けてやっておくれ」と仰せになりました。

側の者たちが、一体だれが帰って来るのだろうか、と思いながら、お言葉通りにそのお餅を残しておきました。するとその日の夕方になって、静岡方面へ布教に行っていた四人の者が帰ってきました。しかも話を聞くと、四人はその日の昼頃、伊賀上野へ着いたので、お昼にしようか、とも思ったところを、いや、少しでも早くおぢばへ帰らせて頂こうと辛抱してきたので、足の疲れもさることながら、お腹がたまらなく空いていたのです。

四人が、教祖の親心こもるお餅を頂いて、あまりの有り難さに涙にむせんだのは言うまでもありません。(教祖伝逸話篇119「遠方から子供が」)

人は疲れた時、ちょっとした優しい気遣いに心を打たれ、生きる活力を得るものです。教祖は、寄り集う者たちの姿を見抜き見通され、分け隔てない親心をもって、誰もが満足するようにお気遣いくださいました。

私たちも、何気ない気遣いで、少しでも人さまに喜んでもらえるよう努めたいものです。

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