第1210回2022年12月24日・25日放送
御苦労さん
どんな人にお会いになっても、隔て心のない教祖。「御苦労さん」の一言は、多くの人の人生を変えた。
御苦労さん
天理教教祖・中山みき様「おやさま」について、当時、お屋敷で教祖のお側に仕えていた高井直吉さんは、このように語り伝えています。
「教祖程、へだてのない、お慈悲の深い方はなかった。どんな人にお会いなされても、少しもへだて心がない。どんな人がお屋敷へ来ても、可愛い我が子供と思うておいでになる。
どんな偉い人が来ても、
『御苦労さま』
物もらいが来ても、
『御苦労さま』
その御態度なり言葉使いが、少しも変わらない。皆、可愛い我が子と思うておいでになる。それで、どんな人でも皆、一度、教祖にお会いさせてもらうと、教祖の親心に打たれて、一遍に心を入れ替えた。教祖のお慈悲の心に打たれたのであろう。
例えば、取調べに来た警官でも、あるいは又、地方のゴロツキまでも、皆、信仰に入っている。それも、一度で入信し、又は改心している。」(教祖伝逸話篇 195「御苦労さま」)
この教祖の「御苦労さま」というひと言は、多くの人の人生を変えました。このような逸話が残されています。
明治十七年春、当時二十三歳の佐治登喜治良さんは、陸軍の大阪鎮台に入隊中、大和地方へ行軍し、奈良市の旅館に宿営していました。
この時、宿の離れに人の出入りがあり、宿の亭主から、「あのお方が、庄屋敷の生神様や」と教えられ、赤衣を召された教祖のお姿を遠くから拝見しました。
やがて教祖が、直ぐそばをお通りになった時、登喜治良さんは言い知れぬ感動に打たれ、丁重にお辞儀をしました。すると、教祖は静かに会釈を返され、「御苦労さん」と、お声を掛けられました。
登喜治良さんは、教祖を拝した瞬間、得も言われぬ崇高な念に打たれ、お声を聞いた一瞬、神々しい中にも慕わしく懐かしく、ついて行きたいような気がしたと言います。
後年、登喜治良さんは、「私は、その時、このお道を通る心を定めた。事情の悩みも身上の患いもないのに、入信したのは、全くその時の深い感銘からである」と、いつも人々に語っていました。(教祖伝逸話篇146「御苦労さん」)
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