(天理教の時間)
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第1276回2024年4月5日配信

人生最大のラッキー

目黒和加子先生
目黒 和加子

文:目黒 和加子

第1084回

いのちみつめて~小さな塩おむすびを3つ~

胃がんで入院してきた女性が、ご主人と二人の息子さんと共に、おぢばで過ごした最後の10カ月の歩み。

いのちみつめて~小さな塩おむすびを3つ~

奈良県在住・看護師  松尾 理代

「右足の付け根が痛む」と、その女性が私の勤める天理よろづ相談所病院を受診したのは、正月休みが明けたころでした。

症状は前年の11月から。当時、彼女はご主人と小学生の息子さん2人と海外に赴任中。現地の病院では原因が分からず、「やはり天理で診てもらいたい」と、ご主人と共に帰国したのです。
見つかったのは胃がん。右足と腰の骨に転移し、やがて肺のリンパへの転移による呼吸困難も始まりました。
すぐに痛みを和らげるための放射線治療を開始。医療用麻薬を使うことで呼吸も楽になり、車いすでの移動や入浴もできるようになりました。

2月に入って抗がん剤による治療が始まると、吐き気や下痢といった副作用に苦しめられました。それでも1週間が過ぎるころには「ちょっとマシになった」と明るい顔に。「主人が持ってきたリンゴが食べられた。私〝食べたい〟と思えたのよ」「このしんどさが何時まで続くのか不安だけど、なんとかなるかな」と。加えて、「子供たち、こっちの小学校に編入学できて、面会に来てくれたの。嬉しかった」と笑顔を見せてくれました。

ところが翌日、病室を訪ねると、じっと天井を見つめていました。表情は暗く、顔色も冴えません。「体調がよくないのですか?」と声をかけると、しばらくして「心が苦しいの」とポツリ。私はベッドサイドのイスに腰をおろし、彼女の背中をさすりました。
そして、自分の気持ちを心の中にしまっておくとしんどくなること、心が攻撃されると免疫力も低下することを伝え、「声に出して吐き出していい、涙を流してもいい。自分の心を守ってあげて」と伝えました。

しばらくして、「何で私がかわいそうなの? 悔しい! どうして?」と激しく泣き出しました。その日の午後、お見舞いに来た方から「かわいそうに、かわいそうに」と面と向かって言われ、深く傷ついたのです。
10分ほど経って「ようやく泣けた。良かった」と、落ち着いた表情になりました。側でご主人も、「すべては神様がなさること。不足してはいけないと、そればかり思っていた。けれど、辛い時は泣いてもいいんですよね」と、涙を流していました。

重い病に向き合う患者さんが、「人から言われて嫌だった言葉」として先ず挙げるのが、「かわいそうに」と「がんばって」です。言った当人は何とも思っておらず、むしろ自分の優しさと思い誤っていることすらあります。

しかし、「がんばって」という言葉は、辛い中で必死に生きている人の頑張りを、否定していると受け取られてしまうことがあるのです。
また、「かわいそう」とは、口にした人自身が自分と相手とを比べた評価であり、感想でしかありません。当人がそう思っていないのに決めつけられたら、これほど懸命に生きている人の誇りを傷つける言葉もないのです。

彼女はそれから10日ほどして退院。天理市内の信者詰所に部屋を借り、家族4人水入らずで過ごしました。朝夕の食事も4人一緒にとり、「子供たちの声を聞いていると嬉しくなる」と、表情も明るくなりました。

そんな中で彼女がしたことは、ご主人の運転で天理教本部への参拝。そして、ご主人に車椅子を押してもらい、彼女が拍子木を叩いての「神名流し」。
神名流しとは、路上を歩きながら、拍子木の音に合わせておつとめの地歌を歌うこと。彼女いわく、「入院中、窓の外から聞こえてくる拍子木の音に心を癒されたの。だから今度は私も、人さまのたすかりを願ってさせてもらいたい」と。

その後も、半月から一か月ごとの退院の度に、時には入院中に外出許可をもらって、ご主人が車椅子を押し、彼女が拍子木を叩き、時に子供たちも一緒に、家族4人声を合わせて神名を流しました。

4月に入院した時は、気分が落ち込んでいました。ご主人の依頼で病室を訪ねると、「頑張ろうと思う自分と、頑張れない自分がいる。一週間ごとにやってくる抗がん剤治療、あのしんどさに耐えられるか心配なの」と、辛い胸の内を明かしました。

そして、不安を打ち明けると「この思いを夫にも聞いてもらいたい。一緒に考えて、迷いながら答えを出してもいいんですよね」と、夫婦で思いを共にしたいと話しました。

子供たちの春の遠足が近づいたころは、「体操服に名前のゼッケンをつけないといけないの。明日から治療が始まるから、今日中に」と、ベッドの上でいそいそと針を動かしていました。

遠足の前日に病室を訪ねると、「調子がいいので外泊したい。子供たちに、小さな塩おむすびを3つずつ作ってあげたい」と言うので主治医と相談。詰所に酸素ボンベを設置する条件で許可が下りました。

さらに5月の退院時には、料理もするようになりました。「以前はそんな気持ちにもならなかったけど、また作ってみたいと思えるようになったの。車椅子のまま台所に行って、最初に作ったのはチャーハン。子供たちも喜んでくれたわ」と、いきいきと話してくれました。

6月末には心臓に水が溜まり、緊急入院。それでも体調が戻ると、子供たちが始めた教会の鼓笛隊の話をしてくれました。2人ともファイフと呼ばれる横笛を懸命に練習している様子。「教会で練習した後、詰所でも吹いているのよ。頑張ってるでしょ」と。

8月初めには、海外の友人ふた家族が天理に来て、一緒に「こどもおぢばがえり」に参加。子供たちの演奏する姿を間近で見て、「頼もしかった。成長を見ることができて嬉しかった」と、感動を伝えてくれました。

そして、10月は運動会。9月の外来での治療の時にはお弁当の話になり、「上の子は塩っ辛い梅干しが大好きなの。下の子はおかかやジャコなら食べてくれるかなあ」と。その言葉通り、身動きも辛い中でしたが応援に行き、家族みんなでおいしいお弁当を食べることができました。

どこまでも、いつまでも、お母さんであり、妻であり、信仰者であり続けた彼女。天理に帰ってきた当初、治療しなければ余命1カ月、治療しても3カ月程と診断された彼女が、愛するご主人に見守られながら静かに息を引き取ったのは、発症からちょうど1年、天理に戻って10カ月後のことでした。

 


   
朝起きの実行

政府の調査によると、近年、日中に仕事をしている人の数は減少し、反対に午後七時以降に仕事をしている人は増加傾向にあるようです。

原因として、介護や医療などの専門職における労働の長時間化や、製造現場の二十四時間化、コンビニをはじめとする夜間サービス事業の拡大などが指摘されています。夜間勤務に従事する人の中には、「寝不足になりがち」「友人との付き合いがなくなる」「家族との会話が減った」などの悩みを抱える人も多いといいます。

信仰熱心な友人を通じて天理教の教えを知り、教会に足を運ぶようになったAさん。教会で聞いた、「朝起き、正直、働き」という教えが心に残りました。

しかし、普段Aさんは夜勤をしていて、朝起きとは無縁の生活です。また、「はたはたの者を楽にするから、はたらく」というのは素晴らしいことだとは分かるのですが、今の職場では自分のことで精一杯で、他の人に気を回す余裕がありません。
教えと実際の生活がかけ離れている現状に、Aさんは思いを率直に友人にぶつけました。すると友人はこう答えました。

「多くの人が寝ている間に、君のように働く人がいるからこそ、ライフラインが維持できているんだ。『朝起き』の教えで大切なのは、起床する時間帯ではなくて、人より少しでも早く目を覚ますことじゃないかな。そうしてみんなより早く職場へ行って、何か一つでも多く働くことが、徳を積むことになるし、『はたはたの者を楽にする』働きにつながると思うよ」

こう聞いて、心がすっかり軽くなったAさん。さっそくそれまでより少しだけ早く起床して職場へ向かい、トイレ掃除などをするようになりました。これも立派な『朝起き』として、神様に受け取っていただけることでしょう。

(終)

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