第1245回2023年9月1日配信
おにぎりの力
自宅療養している義母に食欲がない。そこで思い出したのが、かつて医療現場で経験した「おにぎり」の効果だ。
胸の奥にこの花あるかぎり
「おにぎりの力」
脳梗塞を患って自宅療養していた義理の母が、風邪で体調を崩したときの話である。
もともと喘息持ちなので、インフルエンザの予防接種も早々に済まして用心していたのに、デイサービスから帰ってきた様子がいつもと違っていた。息が荒く、足の進みがゆっくりで、玄関の踏み板を上がるのもひと苦労の様子だった。熱もあったので、かかりつけの医師に連絡し、前もってもらっておいた風邪薬を飲ませて、ベッドで休んでもらった。
これまでは、体調のすぐれないときでも、家のベッドで食事をすることはなかった義母だが、今回は起きられなかった。少しでも体に力をつけてほしいと思うが、お粥が嫌いで食べたことがない。大好きなうどんを作ってみたが、箸が出ない。リンゴを小さく切ったり、むいたミカンを用意したりしても、ほんの少ししか口にしない。箸やスプーンを使うこと自体が、つらそうに見えた。
そこで思いついたのが「おにぎり」である。この思いつきの元は、ある看護学生が実習で見せてくれた、素晴らしい実践の記憶である。
私が病棟の看護師長をしていたころのこと。心臓の手術を終えた高齢の女性の看護を、その看護学生が受け持つことになった。手術は成功したが、患者さんの食欲はすっかり失せてしまった。
食事が取れないと、手術後の傷を治すための栄養が不足し、貧血も悪化して回復に大きく影響する。やむなく点滴で栄養を補った。しかし、心臓の悪い人にとって、水分は心臓の負担になるので、点滴も多くは入れられない。なんとか口から栄養を取ってもらいたいのだが、減塩食なので余計に食が進まない様子だった。
その看護学生は、患者さんがおかきを好きだと聞き出した。残念ながら、おかきは塩分が多いので食べてもらえない。知恵を絞り、減塩食を利用して焼きおにぎりを作ることにした。小さいおにぎりを作って、お膳に付いてくる減塩醤油を表面に丁寧に塗り、オーブントースターで焼いた。
それを患者さんにお持ちしたところ、醤油の焦げた香ばしい匂いに誘われてか、「食べてみる」と言われた。そして、おにぎりを二つも食べることができたのだ。患者さんはその後、食欲が出てきて、見る見る回復された。
後日、その方が私にこう話してくださった。
「師長さん、あの学生さんが作ってくれた焼きおにぎりを食べて、私は食にありつくことができました。おにぎりで力がついて、それからほかの物も食べられるようになったんです。あの学生さんは命の恩人です!」
私も義母におにぎりを作ってみることにした。小さめに握って好物のノリを巻き、お絞りを添えて、手でつまめるようにした。ベッドに運んでいくと、義母は「美味しそうやな。これなら食べやすいわぁ」と嬉しそうな顔で、ゆっくりではあるが、三つ全部食べてくれた。これで弾みがついて、少しずつおかずにも手が出るようになり、元気になっていった。
私が四十年もフルタイムで看護師として勤務を続けてこられたのは、義母が二人のわんぱく息子の守りをしながら、家事をこなしてくれたからである。
「あんたがいてくれて良かったわぁ。ありがとう」
義母の言葉に、思わず涙ぐんでしまった。ほんのちょっぴりではあるが、恩返しができただろうか。
幸せな気持ちを運んでくれた、「おにぎり」バンザイ。
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