第1258回2023年12月1日配信
いまできることから
看護師として日々、目の前の患者さんのケアに全力を尽くす。それが多くの人を救うことにつながると信じて…。
いまできることから
(2021年6月発売『すきっと36号』より)
通勤路の途中のある民家の近くで、いつも三匹の猫を見かけた。その家に住む年配の女性が、餌をくれるのを待っているようだった。あるとき、その女性が入院した。猫たちは、その後もじっと待っていたが、冬が来る少し前に姿を見せなくなった。いまごろどうしているだろう。私にできることはなかったか……そんなことを考えていたら、ふと、マザー・テレサの言葉が頭に浮かんだ。
「家に帰って家族を愛してあげてください」
貧困や病気で死にかけている人々を看取る施設「死を待つ人々の家」の活動などが評価された彼女は、一九七九年、ノーベル平和賞を受賞した。その際、記者からの「世界平和のために、私たちはどんなことをしたらいいですか」との質問への答えが、このシンプルな言葉だった。
「外へ目を向けるのは大切なこと。でも、その前に私はまず、うちの猫や家族をもっと大切にしなければ……」
私たちが人生で出会う人は限られている。その一人ひとりを大切に思って接することは重要だ。何より、一番身近な家族が「ただそこに存在してくれている」ことに感謝し、愛することは最も大切なことだと、あらためて思う。
コロナ禍で、自宅に家族が居合わせる時間が長くなった。父親がリモートワークで在宅し、イライラしてDVが増えたと聞くと、胸が痛む。
私の実家は農家で、子供のころ、雪深い冬は父親も家にいて、囲炉裏のそばでムシロや背負いかご、草履などを作っていた。いたずらが過ぎるとゲンコツをもらったが、何回せがんでも嫌がらずに絵本を読んでくれた。テレビもなかったので、夜は家族全員でトランプを楽しんだ。
神様はいま、家族のありようを見直すようにと言われているのではないかと思う。社会の基本単位である家族が睦み合って暮らせぬようでは、世界たすけなど到底おぼつかない。つい、わがままが出やすい家庭は、陽気ぐらしの修行道場ではないかと、このごろ思っている。
私は四十年間、重症の患者さんの看護に携わってきた。現場の看護師は、いつも「もっと良い看護を実践しなければ」と焦り、理想と実際との狭間で心を倒すこともある。
そんなとき、
「きょう担当する患者さんに、できるだけ喜んでもらえる看護を実践することに集中しよう! それを繰り返していたら、はっと気がつけば、いつの間にか多くの人を救っていたことになる。あのマザー・テレサも、そうやって生きてこられたそうよ」
と慰める。すると
「そうか、それでいいんですよね!」
と、少し元気になってくれる。
例年なら、看護協会会長として、県内の看護学校の入学・戴帽・宣誓・卒業などの式典で祝辞を述べるのだが、この一年間は規模縮小で招かれていない。
「コロナ禍だから……」と言い訳して、何もしないでいることもできる。が、それでは使命は果たせない。いまできることは何か、と考えた。そこで、コロナ禍で十分な実習ができないまま、不安を抱えて卒業する看護学生に、ビデオメッセージでエールを送ることにした。
内容は、新人看護師が忘れてはならない三つの大切な心得。
①
自分の行為の一つひとつが人の命に関わっていることを忘れず行動し、どんなに忙しくても、注射などは最後の詰めをしっかりと確認し、責任の持てる状態で実施すること。
②
患者さんに負担をかけるので、決して一人で無理をせず、不安が強いときや「いつもと違う」と思ったときは、すぐ判断のできる上の人に直接、見てもらうこと。
③
担当する患者さんに心から関心を寄せて声をかけ、何かの処置で病室に行ったら、立ち去る前に、「ほかに何か、心配なことや御用はありませんか」と、ひと言聞くようにすること。
DVDにメッセージを託し、県内の全看護学校に郵送した。
届け! 看護のこころ。
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