(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1271回

幸福な生活とは

看護師生活四十年余り。現場を退いた後も、毎日の臨戦態勢はなかなか解くことができなかった。

幸福な生活とは

 

「徳川家康は『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし』と言ったが、全くその通りだなぁ……」

私が「憩の家」看護部長時代の院長は、病院の重責を担う心境をこう語られたことがあった。朝は誰よりも早く出勤されるので、それを見習って私も早く出勤する癖がついた。四十年余りの看護師生活で身についた朝起きの習慣は、定年後も変わらず、実に健康的である。

しかし、看護師としての臨戦態勢は、なかなか解くことができなかった。「いつ、緊急の連絡が入るかもしれない……」という緊張感が消えず、常にアンテナを張り巡らせる状態が続いた。一年ほどかけて「もう、あの臨床現場に出なくてもよくなったんだよ」と自分自身に言い聞かせ、やっと自分を解放することができた。

長年の憧れだった、平日のよく晴れた日、日の当たる時間帯に洗濯物を干す。お日さまのもと、さわやかな風が吹いて木の葉がキラキラしている。

「平和だなー、もったいないなー。幸せだなー」つくづく平穏な日々を味わった。

その後、奈良県看護協会会長の重責を頂いたが、おかげさまで平穏の心は続いている。

そんな折、「物理学者アインシュタインが書いたメモ二枚がオークションにかけられ、約二億円で落札された」というニュースを耳にした。

アインシュタインは1922年に講演のため日本を訪れ、滞在していたホテルのボーイに、チップの代わりとしてこのメモを手渡した。そこにはドイツ語で、『静かで質素な生活は、絶え間ない不安に縛られた成功の追求よりも多くの喜びをもたらす』と記されていたという。その言葉は、定年直後のあの心理状態の変化を思い出させた。

私は中学卒業と同時に、天理の学校で、おやさまのお心を胸に、病む人に尽くす「看護ようぼく」となるべく、特別なコースで教育を受けた。その後は、「憩の家で高度医療を受けられる患者さんに、少しでも喜んで帰っていただこう」と、看護に全身全霊を打ち込んできた。

決して自らの「成功の追求」のために取り組んだのではなかったが、患者さんの安全を守り、年若いスタッフがミスなどを起こさないよう指導し目配りする毎日が、「絶え間ない不安に縛られた」日々であったのは間違いない。信仰を持ち、親神様、おやさまという心の拠り所がなければ、定年まで勤務を続けられなかったかもしれない。

でも、「もし初めから静かな生活をしていたら、いまのような心穏やかな暮らしができていただろうか」とも思う。ひょっとすると、小さなことをクヨクヨと思い煩ったり、家族にチクチクと嫌みを言いながら暮らしていたかもしれない。人生のなかで、わが身を投げうって人に尽くす仕事に打ち込む時期があったからこそ、それが終わったとき、「静かで質素な生活」に「多くの喜び」を味わうことができたのではないか。

これまで多くの病む人々に接してきた。いま、こうして健康であることが、どれほどありがたく、奇跡的なご守護の賜物であるかは、身に染みて分かっている。健康な余生を頂けた幸せを、一日一日味わって暮らしたい。

人々の穏やかで幸福な生活を守るために、医療をはじめとするさまざまな現場で働く人は、ストレスの多い厳しい毎日を送っておられることだろう。でも、それこそが、いずれは自らの幸福につながることは確かだと思う。

病院勤務時代に苦楽を共にした〝共に戦う戦士〟であった仲間たち、お世話になった上司の方々に、穏やかで喜びに満ちた日々が訪れていることを願ってやまない。

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