(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1250回

お別れに必要だった時間

延命治療を望まない患者が意識不明に。主治医は意向に沿った処置を施そうとするが、家族は受け入れ難いようだ。

お別れに必要だった時間

 

いま日本は、超高齢・多死社会を迎え、「終活」が話題に上り、エンディングノートを準備する人も増えている。とはいえ、急性期病院で高度な治療を望む人も、在宅で穏やかな尊厳死を望む人も、臨終の時期については、神の思惑にゆだねるしかあるまい。

自らの死について、「ピンピンころり」を望む人は多い。しかし、家族のこととなると、急な病状悪化を受け入れられず、本人の意思に反する医療処置を望むことがある。それはかえって、本人にとっては苦痛なだけということも少なからずある。

家族が元気なうちに、「いざというとき、どうしてほしいか」を話し合っておくことをお勧めする。そして、そのときに心残りがないよう、日々、十分に心を尽くしておきたいものだ。

これは私がまだ若いころ、病棟勤務で体験した話である。

悪性の血液疾患で入院中の男性患者Aさんが、突然、大量吐血し、意識不明になった。主治医は、これ以上の延命治療は無効と判断し、呼吸が停止したら、そのまま看取る方針を決めた。それは、Aさん自身から「いよいよ治療の効果がなくなったときは、無用な延命治療はやめてほしい」と頼まれていたからだった。

ところが、ご家族は、すぐにはこの方針を受け入れることはできなかった。迷っているうちに、Aさんの呼吸が止まってしまった。

主治医は急遽、気管内挿管を実施した。しかし、人工呼吸器を取り付けることはせず、アンビューバッグでの人工呼吸を始めた。

そして、ご家族に
「このアンビューバッグを押して、空気を送り込んでいるうちは命がつなげます。でも、やめてしまえば心臓も止まってしまう。あなた方は、Aさんに空気を送り込む、この作業を続けますか?」
と言葉をかけた。

集まったご家族は、
「やります! やらせてください」
と口々に返事をした。

ご家族は順番にアンビューバッグを押した。この動作は、一回ごとにそれほど力はいらないが、繰り返していると手の筋肉が疲労してきて、長く続けられない。経験豊富な医師や看護師でも、救急蘇生の現場では、お互いの疲労の様子をうかがいながら声をかけ合って交代する。

そのご家族は、なんと一晩中、交代でアンビューバッグを押し続け、父であり夫であるAさんに話しかけた。

朝が来て、主治医がベッドサイドを訪れると、Aさんの長男が、こう話された。

「先生、自分たちはアンビューバッグを押させてもらって、父としっかりお別れができました。もう思い残すことはありません。あとは、神様にお任せしたいと思います」

朝の出勤で集まってきたスタッフも、交代でアンビューバッグを押してAさんに労いやお別れの言葉をかけさせていただいた。その後、主治医から最後の人工呼吸を受けた後、Aさんは静かに臨終を迎えられた。

この一夜の人工呼吸は、ご家族がAさんとお別れをするために必要な時間であった。もし、主治医が人工呼吸器を取り付けていたら、このような濃密な別れの時を持つことはできなかったであろう。

当時の若かった私には、人工呼吸器を取り付けない主治医の考えのすべてを推し量ることはできなかった。いまは、その思いを深く噛みしめている。

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