第1232回2023年6月2日配信
寄り添う力
困難に直面する患者さんが、少しでも楽に生活できるよう知恵を絞る。看護ようぼくとしての真価が問われる。
胸の奥にこの花あるかぎり
「寄り添う力」
重い病気や難病を抱えた患者さんの苦しみは、医学が進んだ現在でも、すっきり取り去って差し上げることができないのが実情である。病苦と闘う患者さんに、どう寄り添って力になることができるか……。
看護ようぼくの真価が問われる。
さまざまな問題があるなかで、助言・指導・忠告・説得などで解決することは、すでに大した問題ではないと言える。解決が困難な問題を抱える患者さんに、どうしたら少しでも楽に生活していただけるかと、知恵を絞り、工夫を凝らす。何もできないときも、どこまでも共に歩む。
私が病棟の看護師長を務めていたころのこと。その方は下肢血行障害という病気で、足先に行く血管が細くなり詰まってしまって足の指が壊死を起こし、切り落とさなければならない状況であった。この病気は血液が行き渡らないために足がとても痛むので、患者さんは大変苦しまれる。布団などの掛け物が触れただけでも痛むため、段ボール箱の内側に柔らかいタオルを貼りつけて足をガードしたり、移動するときも細心の注意を払って介助していた。
手術は無事に終わり、血行を良くする薬を注射して血流は改善したはずなのに、痛みは治まらなかった。主治医は、効果の強い痛み止めの使用を指示された。さすがに効果てきめんなのだが、数時間すると、また痛みだす。四時間空ければ使用してよいという指示であったが、患者さんはその時間が来るのをじっと待っておられた。
看護師も前もって準備しているのだが、急なナースコールなどでほかの患者さんに呼ばれて、少しでも注射をするのが遅れようものなら、「私をないがしろにして!」と烈火のごとく怒られた。痛みのつらさは分かっているつもりでも、看護スタッフの間に、いつしか「あんな強い痛み止めは体に悪く、本当は長期に使ってはいけないのに依存してしまって。我慢のない、聞き分けのない患者さんだ」との批判的な思いが芽生えていた。
主治医も「血行障害は改善しているので、痛み止めから離脱できれば退院できる。できるだけ、注射の間隔を空けるように」と言われる。そのため、看護師と患者さんの関係は、痛み止めをめぐって、まるで敵味方のようなありさまとなってしまった。
そこで、科学的な根拠には自信がないものの、昔から行っていたリバノール湿布を提案してみた。リバノールという黄色の消毒液でガーゼを湿らせ、長く伸ばしてからバラの花のような形に丸くまとめたものを痛む足にあてがい、油紙でカバーしておき、乾いたら交換するのである。「そんなの気やすめですよ」という声も聞こえたが、まず、私が病の平癒を願う「おさづけ」を取り次いだ後、患者さんの同意を得て処置を施した。
すると処置を始めてから、患者さんとスタッフの関係に変化が生まれた。看護師は病室に行くたびに、「湿布、まだ乾いてないですかね?」と、足に貼り付けてある湿布の様子を見る。当然、「痛みはいかがですか?」と症状にも関心を寄せ、声をかける。それまでは、痛み止めをせがまれたくないためにその患者さんを避け、病室に行っても、できるだけ目を合わさないようにしていた者もあったのだ。
患者さんのほうも、湿布が始まって看護師たちが頻繁に来てくれるようになって、とても喜ばれた。
「みんなが旗を振って、私が良くなって退院できるのを応援してくれている。頑張らなければ」と、いつの間にか痛み止めの注射を希望する間隔が少しずつ延びていき、ついには退院が実現した。
おそらく、リバノールではなく、看護師たちの頻繁な訪問と優しい声かけに、大きな効果があったのだと思っている。
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