第1353回2025年9月26日配信
クサはむさいもの
人を教え導く上で言葉は不可欠であるが、教祖は長々とお諭しをされるよりも、簡素かつ温かなお言葉を下さった。
クサはむさいもの
人に教えを説く時に、私たちは言葉を必要とします。そして、人をたすけ、教えに導く上で言葉を必要不可欠なものであると考える人は多いと思います。天理教では人を諭すことから、これを「お諭し」と呼んでいます。
しかし、教祖の逸話篇をひもといてみると、長々とお諭しをしている場面というのは、あまり見受けられません。
むしろ、「よう帰って来たなあ」「難儀やったなあ」「御苦労さん」「危なかったなあ」「さあ、これをお食べ」など、親心いっぱいに実に簡素なお言葉でお迎え下さるのが常でした。そして、ここ一番という大事な時に、その人の心の状態を見定めて、教えに則した大事なお言葉を下さるのです。
明治十五年、梅谷タネさんが、おぢばへ帰らせて頂いた時のこと。当時、赤ん坊だった長女のタカさんを抱いて、教祖にお目通りさせて頂きました。赤ん坊の頭には、膿を持ったクサという出来物が一面に出来ていました。
教祖は、早速、「どれ、どれ」と仰せになりながら、赤ん坊を自らの手にお抱きになりました。そして、その頭に出来たクサをご覧になって、「かわいそうに」と仰せられ、お座りになっている座布団の下から、皺を伸ばすために敷いていた紙切れを取り出し、少しずつ指でちぎっては唾をつけ、一つ一つベタベタと頭にお貼り下さいました。そして、
「おタネさん、クサは、むさいものやなあ」
と仰せられました。タネさんは、そのお言葉を聞いてハッとしました。「むさくるしい心を使ってはいけない。いつも綺麗な心で、人様に喜んで頂くようにさせて頂こう」と、深く悟るところがあったのです。
タネさんは、教祖に厚くお礼申し上げて、大阪へ戻りましたが、二、三日経った朝のこと、ふと気が付くと、赤ん坊の頭には、綿帽子をかぶったように、クサが浮き上がっていました。あれほどジクジクしていた出来物が、教祖に貼って頂いた紙に付いて浮き上がり、ちょうど帽子を脱ぐようにしてはがれていました。頭の地肌にはすでに薄皮ができていて、すっきりとご守護頂いたのです。(教祖伝逸話篇107「クサはむさいもの」)
この教祖の逸話は、人をたすける上では、言葉より、まずは真心を込めてお世話をすることがいかに大切であるかを、教えられているのではないでしょうか。そして教祖は、それに加えて、ほんに短いお言葉でタネさんに心の治め方をお諭し下されたのです。
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