第1278回2024年4月19日配信
だめの教え
立教以前も、親神様が十のものなら九つまで教えられた。残る一点、元の親の存在を明かしたのがこの教えである。
だめの教え
天理教の教えが伝え始められたのは江戸時代末期のことですが、それ以前の長い年月においても、この世界は常に元の神、実の神である親神様の大いなるご守護の中にありました。そしてその間も様々な教えが世に広まり、人々の間に浸透していたのです。
次のようなお言葉があります。
いまゝでもどのよなみちもあるけれど
月日をしへん事わないぞや (十 42)
月日よりたいてへなにもだん/\と
をしゑてきたる事であれども (十 43)
このたびハまたそのゆへのしらん事
なにもしんぢつみなゆてきかす (十 44)
今までにも、人の道を説いたものや、教えと呼ばれるものが色々あるけれども、それらはすべて、月日親神が時に応じて教えてきたものばかりである。しかし、この度は親神が直々世の表に現れて、人間世界の真実について、未だ誰も知らないことを説いて聞かしていく。
ここに、この教えが「だめの教え」と言われる所以が記されています。だめの教えとは、最後の教え、究極の教えという意味です。今までも十のものなら九つまで教えてきたが、この度はいよいよ残るだめの一点である親神の存在を明かし、この世を陽気ぐらし世界へと建て替えていこう。そのような力強いご宣言なのです。
教祖・中山みき様「おやさま」をめぐって、こんな逸話が残されています。
文久三年、桝井キクさんは、夫の喘息の平癒を願い、方々の詣り所や願い所へ足を運んだのですが、どうしても治りません。そんな時、近所の人から「あんたそんなにあっちこっちと信心が好きやったら、あの庄屋敷の神さんに一遍詣って来なさったら、どうやね」と勧められ、その足でおぢばへ駆け付けました。
キクさんが、「今日まで、あっちこっちと、詣り信心をしておりました」と申し上げると、教祖は、「あんた、あっちこっちとえらい遠廻わりをしておいでたんやなあ。おかしいなあ。ここへお出でたら、皆んなおいでになるのに」と仰せになりました。(教祖伝逸話篇10「えらい遠廻わりをして」)
親神様がこの世界のすべての元であり、人類の親である証拠を、実に優しいお言葉で教えてくださったのです。
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