第1263回2023年1月5日配信
心を尽くすと
“記憶に残るのは、過酷な医療現場での辛いことばかり。しかし、時に思わぬ所で感謝の言葉を頂くことがあ…
心を尽くすと
奈良県看護協会の代表として、県内の有識者らが集う会議に出席したときのことである。たまたま隣り合わせた女性と名刺を交換した。問われるままに「現役のころは、天理よろづ相談所病院に四十年ほど勤めていました」と言葉を添えると、「私、天理の病院には大変お世話になりました。看護師さんがみんな親切ですよね」と、嬉しそうに話された。
二十数年前、出産して間もないころ、子供さんの状態が悪くなり、救急搬送されたのだという。
「病院に着いてから、何がなんだか分からないまま、不安で胸が押しつぶされそうになって、ホールで泣いていたんです。そこへ、メガネを掛けた看護師長さんが来られ、横に座って、『大丈夫ですよ。ここには、心臓の悪い子供さんたちがたくさん入院していますが、みんな頑張って良くなっています。幸い、あなたの子供さんの心臓病は軽いものです。先生方が、ちゃんと治してくださいますよ』と、背中をなでて慰めてくださいました。真っ暗だった目の前に、やっと明かりが見え、救われました。あのときのことは、いまでも忘れていません」
その話を聞いて、ドキッとした。実は、私は長い間、心臓病の患者さんが入院される病棟で勤務していたのだ。その方の子供さんが入院された年を伺うと、私が病棟師長をしていた時期と一致した。
「そのメガネの看護師長は……たぶん、私です……」
そう打ち明けると、「まあ! なんという巡り合わせでしょう!」と驚かれたが、すぐに会議が始まり、話は中断した。会議終了後も、彼女は興奮冷めやらぬ様子だった。
「恩人を探してもらうテレビ番組を見るたびに、『私もいつか、あの看護師長さんを探してもらってお礼ができたら……』と思っていました。こんな偶然があるなんて……。私もあれから、自分も誰かの役に立ちたいと思って頑張ってきたんです」
申し訳ないことながら、そのときのことが全く思い出せなかった。思い出すのは、患児の母親から苦情を頂いたりした、つらい場面ばかり。たくさんの患者さんが入院され、心臓カテーテル検査や手術を受け、緊急あり、急変ありの嵐のような毎日。「もう少し看護師がいれば、十分な看護ができるのに」と何度思ったことか―。
そんな日々のなかの出来事だったのだろうが、その方がずっと忘れずにいてくださったのに、自分が全く覚えていないことに恐ろしさを感じた。けれども、「憩の家に来られた方には、絶対に喜んで帰っていただこう!」との思いで、その時々にできる限りのことを、自分なりにさせていただいてきたつもりだ。自分では忘れてしまっていても、親神様はちゃんと受け取ってくださっていたのだろう。そう思い直して「良かった……」と、胸をなでおろした。
にちにちに 心つくした ものだねを
神がたしかに うけとりている
神がたしかに うけとりている
(おうた7番『心つくしたものだね』)
この「おうた」が、自然と心に浮かんだ。時間切迫、多重課題が迫りくる臨床現場で、いまもあえぎながら、より良い看護を追求している後輩たち。大変だろうけれど、目の前の患者さんに心を尽くすことを忘れなければ、きっと大丈夫!
帰りのバスで、杖をついた高齢の婦人に席を譲った。「私、バスはあまり乗ったことないの。どうやって支払うの?」と不安そうにおっしゃる。やがて、駅に到着。両替をして支払いを済ませ、バスを降りるところまで付き添わせていただいた。
「奥さん、ありがとう! ありがとう!」
ほのぼのとした気持ちに胸が満たされた。この出会いに感謝した。
「親神様、幸せをありがとうございます。看護ようぼくとしての病院勤務は卒業しましたが、これからも毎日の出会いを大切に、人さまに尽くしていきます……」
さわやかな風が、駅舎を吹き抜けた。
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