第1377回2026年3月13日配信
御存命の教祖
教祖はお姿こそ人間と変わらないが、そのお心は親神様のお心そのもの。まさしく全人類の「をや」である。
御存命の教祖
月日にハせかいぢううハみなわが子
かハいいゝばいこれが一ちよ (十七 16)
にんけんをはじめたしたるこのをやハ
そんめゑでいるこれがまことや (八 37)
可愛い我が子である世界中の人間に、陽気ぐらしをさせてやりたい。これが親神様の親心です。そして、人間を創め出したその親は、教祖・中山みき様「おやさま」としてこの地上に現れてお出でになる。
教祖は、お姿こそ世の常の人々と異なる所はないものの、そのお心は、親神様のお心そのものです。その教祖の御教えを、全人類の「をや」なる親神様の御教えであると信じることから、天理教の信仰は始まります。
教祖は十三歳の時、三昧田村の前川家から庄屋敷村の中山家に嫁がれました。中山家は代々庄屋を務める裕福な農家で、教祖は村人をはじめ多くの近隣の人々から慕われていました。
誰から見ても模範的な主婦であった教祖でしたが、四十一歳の時、親神様が入り込まれ、「月日のやしろ」となられてからは、まだ小さいお子さんがいるにもかかわらず、内蔵に籠ることが多くなりました。そして、親神様の思召しのまにまに、中山家の蔵にある物を貧しい人々に施すようになり、その施しは次第に常識の範囲を超えて、家財や先祖伝来の土地、また母屋にまで及びました。
こうして食べる物にも事欠く状態が続き、家族と共に貧のどん底に落ち切っていかれたのです。それも全ては、「貧に落ち切らねば、難儀なる者の味が分からん」との思いと、「この家へやって来る者に、喜ばさずには一人もかえされん。親のたあには、世界中の人間は皆子供である」との深い親心からでした。悩み苦しむ人々をたすけるがために、自ら厳しい道中をお通りになりながら、お屋敷に寄り来る人々を迎えられたのです。
身分の高い人であっても、施しを求める人や世間から相手にされないような人であっても、どんな人でも喜ばさずには帰されんとお迎え下さる。小さい子供にも大人にも、お手元にあるお菓子や果物などをニコニコとおあげになる。
何度もご苦労下さった監獄の中でも、前の道を通る菓子売りの姿を見かけるや、見張りをしている巡査に対してでさえ、退屈しているだろうと、お菓子を買い与えたいと仰る。教えに反対する者であろうが、自らを捕えに来た者であろうが、そんなことは教祖には一切関係がない。分け隔てのない、子を思う親のお心があるだけなのです。
教祖にたすけられ、導かれた人たちは、自然に「おやさま」と「おや」を付けてお呼びするようになったと言われています。全人類の本当の親がいるなら、教祖のようなお方に違いない。お姿は人間と何ら変わることのないお方であるが、教祖こそ、全人類の親である親神様の、この地上におけるお姿なのだと信じる人が次第に増えていったのです。
HOME

