第1364回2025年12月12日配信
人を救けるのやで
欲の心を取り払った捨て身の覚悟が大きなご守護につながる、そのような逸話が残されている。
人を救けるのやで
欲の心を取り払った捨て身の覚悟が大きなご守護につながるというお話が、『教祖伝逸話篇』には数多く残されています。
明治15年3月頃のこと。胸を病んで医者から不治と宣告された小西定吉さんは、近所の人からにをいをかけられ、病身を押して、夫婦揃っておぢばへ帰り、教祖にお目通りさせて頂きました。妻のイエさんは、この時二人目の子供を妊娠中でした。
イエさんが安産の許しである、をびや許しを頂いた時、定吉さんが「この神様は、をびやだけの神様でございますか」とお伺いすると、教祖は、「そうやない。万病救ける神やで」と仰せられました。そこで定吉さんは、「実は、私は胸を病んでいる者でございますが、救けて頂けますか」とお尋ねしました。すると教祖は、「心配いらんで。どんな病も皆御守護頂けるのやで。欲を離れなさいよ」と、親心溢れるお言葉を下さいました。
このお言葉が強く胸に食い込んだ定吉さんは、心の中で堅く決意をしました。家へ帰ると、手許にある限りの現金をまとめて、全て妻のイエさんに渡し、自分は離れの一室に閉じこもって、紙に「天理王尊(てんりおうのみこと)」と書いて床の間に張り、「なむてんりわうのみこと なむてんりわうのみこと」と、一心に神名を唱えてお願いしました。
部屋の外へ出るのは、用を足す時だけで、朝夕の食事もその部屋へ運ばせて、連日お願いをしました。すると不思議にも、日ならずして顔色も良くなり、咳も止まり、長い間の苦しみからすっかりお救け頂いたのです。
また、妻のイエさんも楽々と男の子を安産させて頂いたので、早速おぢばへお礼詣りに帰らせて頂き、教祖にお礼を申し上げると、「心一条に成ったので、救かったのや」と仰せられ、大層喜んで下さいました。
定吉さんが、「このような嬉しいことはございません。この御恩は、どうして返させて頂けましょうか」と伺うと、教祖は、「人を救けるのやで」と仰せられました。そこで再び定吉さんが、「どうしたら、人さんが救かりますか」とお尋ねすると、教祖は「あんたの救かったことを、人さんに真剣に話さして頂くのやで」とお諭し下さいました。(教祖伝逸話篇100「人を救けるのやで」)
「みかぐらうた」に、
よくのないものなけれども
かみのまへにハよくはない(五下り目 四ッ)
なんでもこれからひとすぢに
かみにもたれてゆきまする (三下り目 七ッ)
とあります。
私たちに欲の心のあることを、親神様は重々ご承知です。その上で、「神の前」で真剣にたすかりを願う時、欲の心は自然に取り払われるのだと教えて下さいます。定吉さんの捨て身の覚悟の一すじ心の祈りを、親神様はお受け取り下さったのです。
その後、定吉さんが教祖の仰せ通りに、自分の救かった話を取り次ぎながら、人だすけの上に邁進したことは言うまでもありません。
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