(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1340回

赤衣を召して

赤衣を召して、月日のやしろであることをお姿で示された教祖。その赤衣を直に着せられた先人の逸話が残っている。

赤衣を召して

 

教祖のおわす教祖殿で参拝していると、お社の正面にご存命の教祖がお召しになっている赤い着物を見ることができます。教祖がお召しになったこの赤衣の一部を、おまもりとしてお下げくださいます。人類のふるさと、おぢばに帰った証拠としてお渡しくださる「証拠守り」です。

明治七年十二月二十六日、教祖は初めて赤衣をお召しになりました。直筆による「おふでさき」には、

 

  このあかいきものをなんとをもている
  なかに月日がこもりいるそや (六 63)

 

と記されています。

教祖は、五十年の長きにわたる「ひながた」を通して、人類の生みの親である親神様の思召しをお伝えくださいました。そして、赤衣を召して、教祖こそ地上における人間の親であり、「月日のやしろ」であることをお姿の上に示されたのです。

『教祖伝逸話篇』には、先人が赤衣を召した教祖にお目にかかった時のことや、赤衣を直にお着せ下されたことなど、数多くの逸話が記されています。

 

明治十二年、十六歳の抽冬鶴松さんは、胃の病で危篤状態となりました。鶴松さんが教祖にお目通りさせて頂くと、「かわいそうに」と仰せになり、それまで召しておられた赤の肌襦袢を鶴松さんに着せられました。そうして不思議なたすけを頂いた鶴松さんは、「今も尚、その温みが忘れられない」と、一生口癖のように言っていた、と伝えられています。(教祖伝逸話篇67「かわいそうに」)

 

また、明治十四年頃、岡本シナさんが、お屋敷へ帰らせて頂くと、教祖が、「シナさん、一しょに風呂へ入ろうかえ」と仰せられ、一しょにお風呂へ入れて頂きました。

その後、何日か経って、再びお屋敷へ帰ると、教祖は「よう、お詣りなされたなあ。さあ/\帯を解いて、着物をお脱ぎ」と仰せになりました。

何事かと心配しながら、恐る恐る着物を脱ぐと、教祖も同じようにお召物を脱がれ、一番下に召しておられた赤衣の襦袢を背後からサッと着せて下さいました。「その時の勿体なさ、嬉しさ、有難さ、それは、口や筆であらわす事の出来ない感激であった」と記されています。(教祖伝逸話篇91「踊って去ぬのやで」)

 

先人は、赤衣にこもった教祖の温もりを直接に感じられました。それは教祖がいつもそばにおられ、おたすけくださり、お導きくださっていることの証であり、私たちも「証拠守り」を肌身離さず身につけることによって、その温かな親心を感じ取ることができるのです。

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