(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1317回

親心

先人は、教祖の親心に直接ふれて信仰の道に入った。その数々のエピソードが『逸話篇』に収められている。

親心

 

『稿本天理教教祖伝』第八章「親心」の冒頭は、以下のように始まります。

 

  このよふを初た神の事ならば
  せかい一れつみなわがこなり (四 62)

 

  いちれつのこともがかハいそれゆへに
  いろ/\心つくしきるなり (四 63)

 

人間は、親神によって創造され、その守護によって暮らしている。故に、親神と人間とは真の親子であり、この世の人間は一列兄弟である。この理により、親神の心は、昔も今も子供可愛い一条である。

(中略)

  にんけんもこ共かわいであろをがな
  それをふもをてしやんしてくれ (一四 34)

 

  にち/\にをやのしやんとゆうものわ
  たすけるもよふばかりをもてる (一四 35)

 

をやの一語によって、親神と教祖の理は一つであり、親神の心こそ教祖の心、教祖の心こそ親神の心であることを教えられた。

そもそも、親とは、子供から仰ぎ見た時の呼名であり、子供無くして親とは言い得ない。親神の心とは、恰も人間の親が自分の子供に懐く親心と相通じる心で、一列人間に対する、限り無く広く大きく、明るく暖かい、たすけ一条の心である。

『稿本天理教教祖伝逸話篇』には、教祖の子供可愛い一条の親心が感じられる数多くの逸話が収められています。

明治十二年、当時十六歳の抽冬鶴松さんは、胃の患いから危篤の容態となり、医者にも匙を投げられてしまいました。

この時、知人からの勧めで入信を決意した鶴松さんは、両親に付き添われ、戸板に乗せられて、大阪から十二里の山坂を超えて初めておぢば帰りをさせて頂きました。

翌朝、教祖にお目通りさせて頂くと、教祖は、「かわいそうに」と仰せになり、ご自身が召しておられた赤の肌襦袢を脱いで、鶴松さんの頭から着せられました。

この時、鶴松さんは教祖の肌着の温みを感じると同時に、夜の明けたような心地がして、さしもの難病も薄紙をはぐように快方に向かったのです。

鶴松さんは、その後もその時のことを思い出しては、「今も尚、その温みが忘れられない」と、一生口癖のように言っていた、と伝えられています。

思えば、教祖ご在世当時の先人の信仰者たちは、教祖の親心に直接ふれて信仰に入り、その教祖の親心に少しでも近づかせて頂こうと力を尽くす中に、多くの人が導かれ、この道が広まっていったのです。今もなおご存命でお働きくださる教祖の親心は永遠であり、常に私たちを成人へと導いてくださっているのです。

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