(天理教の時間)
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第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1312回

心の成人

教祖は人の心を水にたとえ、いかにして心を澄まし成人するべきかを、「おふでさき」に示されている。

心の成人

 

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、直筆による「おふでさき」で、

 

  にち/\にすむしわかりしむねのうち
  せゑぢんしたいみへてくるぞや (六 15)

 

と記されています。

教祖は、何より私たち人間に「心の成人」を求めておられます。そして、人の心を水にたとえて、いかにして心を澄まし、成人するべきかを「おふでさき」によって教えられます。

 

  これからハ水にたとゑてはなしする
  すむとにごりでさとりとるなり  (三 7)

 

  この水をはやくすまするもよふだて
  すいのとすなにかけてすませよ (三 10)

 

  このすいのどこにあるやとをもうなよ
  むねとくちとがすなとすいのや (三 11)

 

 

濁り水を澄ますためには、砂と水嚢にかけてろ過をすることが必要です。教祖は、濁ってしまった心を澄ますために必要な道具は、どこにあると思うかと問われ、それは「胸」と「口」なのだと仰せられます。

胸は思案を重ね、悟りを得るための道具であり、口はその悟りを人に伝える道具です。自らの悟りを人に伝えるとはすなわち、おたすけの現場に身を置くことで、そうして人をたすける実践を積み重ねるうちに、心は次第に澄んでいくのです。

その意味で「せゑぢんしたいみへてくる」の成人とは、一般に宗教で言うところの「聖の人」、すなわち徳の高さや深い信仰を持つという意味での「聖人」と同じ意味にとれるかもしれません。

ただ、決定的に違うところがあります。普通、聖人になるためには、人里離れた場所で難行苦行を重ね、それによってある宗教的境地に到達することを目指します。しかし教祖は、人里離れた「山の仙人」ではなく、日常の中で教えを実践する「里の仙人」になることを促されました。

信仰実践の場は、あくまで普段の暮らしの中にあります。神様からの「かりもの」である胸と口とを縦横に使って、心の成人を遂げたいものです。

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