第1301回2024年9月27日配信
てびき
親神様は何ゆえに、私たちをこの道にお引き寄せくださるのか。その篤き親心を『教典』からひもとく。
てびき
『天理教教典』第六章は「てびき」と題され、親神様が何ゆえに私たちをこの道にお引き寄せくださるのか、その篤き親心のほどが記されています。
親神は、知らず識らずのうちに危い道にさまよいゆく子供たちを、いじらしと思召され、これに、真実の親を教え、陽気ぐらしの思召を伝えて、人間思案の心得違いを改めさせようと、身上や事情の上に、しるしを見せられる。
なにゝてもやまいいたみハさらになし
神のせきこみてびきなるそや (二 7)
せかいぢうとこがあしきやいたみしよ
神のみちをせてびきしらすに (二 22)
即ち、いかなる病気も、不時災難も、事情のもつれも、皆、銘々の反省を促される篤い親心のあらわれであり、真の陽気ぐらしへ導かれる慈愛のてびきに外ならぬ。
さて、教祖・中山みき様「おやさま」をめぐって、こんな逸話が残されています。
山中忠七さんの妻・そのさんは、二年越しの痔の病が悪化して危篤の状態となり、何日もの間、流動物さえ喉を通らず、医者にも匙を投げられてしまいました。そんな時、近隣の者から話を聞いた忠七さんが、教祖のお屋敷を訪ねると、次のようなお言葉がありました。
「おまえは、神に深きいんねんあるを以て、神が引き寄せたのである程に。病気は案じる事は要らん。直ぐ救けてやる程に。その代わり、おまえは、神の御用を聞かんならんで」
親神様による「てびき」の実際を伝えたお話です。私たち人間は、陽気ぐらしを見て共に楽しみたいと望まれる親神様によって創造されました。すべての人間は、陽気ぐらし実現のための種を持つ存在として生かされているのであって、それが皆が幸せを求めてやまない理由です。しかし、その望みは必ずしも直ちに成就するものではありません。誤って自ら方向を狂わせてしまうからです。
親は、子供が可愛いからこそ、その思案や行動がもどかしく、時に腹を立てることもあります。意見や躾も厳しくなるでしょう。親神様はこのように仰せになります。
にんけんもこ共かわいであろをがな
それをふもふてしやんしてくれ (十四 34)
にち/\にをやのしやんとゆうものわ
たすけるもよふばかりをもてる (十四 35)
私たちを何とか陽気ぐらしへ導こうとされる親心が、実に率直に表れているおうたです。その親心に応えて心を正すところに、親神様はその心を受け取ってご守護をくださるのです。
病気や事情の嘆きの中に身を落とし込んでしまうばかりでは、事態は改善しません。大切なのは、親神様の慈愛のてびきを受け止め、前を向いて立ち上がることではないでしょうか。
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