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第1405回2026年9月25日配信

伝えたい思いがある

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関根 健一

文:関根 健一

第1295回

強い者は弱い

「強い者は弱い」。この矛盾したお言葉は、人間思案に慣れた私たちの心に、ハッと気づきを与えてくれる。

強い者は弱い

 

神様のお言葉は時として、私たちの常識では理解することが不可能な場合があります。

「強い者は弱い、弱い者は強いで。強い者弱いと言うのは、可怪しいようなものや。それ心の誠を強いのやで」

「強い者は弱い」。誠に矛盾している表現です。しかし、日常生活に何かしら行き詰まりを感じている時、この一見理解し難いお言葉は、人間思案に慣れた心の目にハッと気づきを与えてくれます。人は大抵の場合、一般的な常識や自ら積み重ねてきた経験知によって日常の歩みを進めています。しかし、その物事の奥深くには、人間思案によっては割り切れない神様のご守護の世界、いわゆる「理の世界」が存在しているのです。

このような逸話が残されています。

 

泉田藤吉さんは、ある時、十三峠で三人の追剥に遭いました。その時、頭にひらめいたのは、かねてから聞かせて頂いている「かしもの・かりもの」の教えでした。そこで、言われるままに羽織も着物も皆脱いで、財布までその上に載せて、大地に正座して、「どうぞ、お持ちかえり下さい」と言って、頭を上げると、三人の追剥は陰も形もありません。

追剥たちは、藤吉さんの余りの素直さに薄気味悪くなって、何も取らずに逃げてしまったのです。そこで藤吉さんは、脱いだ着物を着ておぢばへ向かい、教祖にお目通りしたところ、結構なおさづけの理を頂戴したのでした。(教祖伝逸話篇114「よう苦労してきた」)

 

藤吉さんのおたすけは、いつでも人並み外れていて、深夜に冷たい淀川の水に二時間も浸かり、身体が乾くまで風に吹かれることを三十日も続けたり、天神橋の橋杭につかまって、一晩川の水に浸かってからおたすけに向かうこともありました。

ところが、教祖から「この道は、身体を苦しめて通るのやないで」とのお言葉を賜り、藤吉さんは、人間思案を離れて「かしもの・かりもの」の教えを深く理解するに至ったのです。

何が強い、何が弱いという価値判断は、人間の常識では計り知れないことのようです。次のお言葉をかみしめたいと思います。

「日々という常という、日々常に誠一つという。誠の心と言えば、一寸には弱いように皆思うなれど、誠より堅き長きものは無い」(「おかきさげ」)

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