第1233回2023年6月9日配信
心を澄ます
心の成人について、教祖は水にたとえて教えてくださる。濁り水を清らかに澄ますための手立てとは。
心を澄ます
天理教では、「心の成人」ということがよく言われます。この場合の成人とは、宗教的に成熟するという意味で捉えられるでしょう。
心の成人について、教祖・中山みき様「おやさま」は、水にたとえて教えられています。未成熟な心の状態は、いわば濁り水のようなもので、心の成人を遂げていくためには、この水を澄ますことが必要だと仰せられます。
そのためには、どうすれば良いのでしょうか。教祖直筆による「おふでさき」には、次のように記されています。
この水をはやくすまするもよふだて
すいのとすなにかけてすませよ (三 10)
濁り水を、砂や水嚢でろ過してきれいにするようにと諭されています。
現在のように上水道が完備していなかった時代は、井戸水や湧き水を飲料水に用いていました。取り分け大和地方では、「金気水」といって、井戸を掘っても赤く濁った水が出てくる所が多かったといいます。濁り水は、砂や水嚢というろ過の道具によって澄ますことで、飲み水として使うことができたのです。
では、心を澄ますための砂と水嚢とは、いったい何なのでしょうか。その答えは、次のお歌にあります。
このすいのどこにあるやとをもうなよ
むねとくちとがすなとすいのや (三 11)
それは、胸と口であると教えられます。胸で教えを深く悟り、口を使って人に諭す。つまり、私たちの心の濁りは、教えによって得られた悟りを人に伝えることを通して澄まされていくのです。
そしてその先に、
にち/\にすむしわかりしむねのうち
せゑぢんしたいみへてくるぞや (六 15)
と示されるように、澄んだ心で物ごとの真理が見えるまで成人する世界が待っている。それはまさに、「人たすけたら我が身たすかる」と教えられる通りの姿だと言えるでしょう。
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