(天理教の時間)
次回の
更新予定

第1406回2026年10月2日配信

9年目のランドセル

yamasaki
山﨑 石根

文:山﨑 石根

第1229回

いんねんというは心の道

誰しも自分では気づきにくい癖性分を持っている。そのような心の傾向性「いんねん」について考える。

いんねんというは心の道

 

人間の心には、多かれ少なかれ「傾向性」、ある方向への傾きのようなものがあります。その大部分は無意識のうちに働いているために、知らず知らずのうちに偏った心遣いをしてしまうのです。

たとえば欲の深い人は、常に頭の中でお金の計算をしてしまう。お酒が好きな人は、何かにつけてすぐ飲みたくなる。常に異性の姿を追いかけてしまうというのも、心の傾向性によります。

また、「無くて七癖」と言われるように、人は誰しも癖性分を持っています。一般に他人の癖はよく見えますが、自分自身のそれには気付かないことが多い。たとえ気づいても、なかなか直しにくいのが癖性分というものです。

天理教の教えでは、こういう心の傾向性、また、それによって起こってくる事柄を、広く「いんねん」という言葉で表しています。

お言葉に、

「いんねんというは心の道」(「おさしづ」M40・4・8)

とあります。

「道」というからには、向かって行く方向というものがあります。それが天の理の筋道から外れている時、その「心の道」は、人間本来の生き方を歪める、悪いいんねんとして働くようになってしまいます。

人間の心は通常、「我」の心、我が身思案のほこりの心に支配されやすいものです。長年にわたる心のほこりが、いわゆる「悪いんねん」として積み重なると、それは見えない所からその人の言動を左右する力となって表れてきます。そうなると、自分の意志に反するような、思いがけない事柄が何かにつけて生じてきます。

では、人間にとって「いんねん」とは、すべて悪いものなのでしょうか。他の宗教や道徳の多くはそう説いています。しかし、この教えにおいては、さまざまな個々のいんねんの根底にある、人類共通の「元のいんねん」を明かしています。

「元のいんねん」とは、この世界に生きる私たち人間は皆、親なる神様によって造られた「神の子」である。ゆえに、お互いは「きょうだい」の関係にあり、他人などというものは一人もいない。

その人間が、互いに立て合いたすけ合って暮らす「陽気ぐらし」の世界を見て共に楽しみたい、との思いから、親神様はこの世界と人間をお創りくだされた。すなわち、人間はもともと、陽気ぐらしができる資質を本来性として与えられ、この世に生まれてきたのである。

これが、人間一人ひとりの奥底にある「元のいんねん」というものであり、それが自覚できてはじめて、陽気ぐらしへ向かう足取りが定まってくるのです。

天理教の時間専用プレイヤーでもっと便利にもっと身近に天理教の時間専用プレイヤーでもっと便利にもっと身近に

おすすめのおはなし