第1221回2023年3月11日・12日放送
十八才の若者へ
若者たちを温かく見つめ、導かれた教祖。二人の十八才の若者に掛けられたお言葉をひもとく。
十八才の若者へ
十八才と言えば、人生で最も多感な年ごろです。無鉄砲に思い切った行動に出ることもあれば、悩み深きゆえに、ふさぎこんでしまうこともあるでしょう。自分はどんな人間なのか、何をすべきなのかを考え、人生の進路を決めていく時期でもあります。
多くの若者を温かく見つめ、導いてこられた、天理教教祖・中山みき様「おやさま」。今とは時代は違いますが、当時の十八才の若者にどのような言葉を掛けられたのでしょうか。
明治十五年七月、大阪在住の小松駒吉(こまつ・こまきち)さんは、導いてもらった信心の先輩と一緒に、初めておぢばへ帰らせて頂きました。当時流行していたコレラを救けて頂いてから、間もなくのことです。教祖は駒吉さんに、次のように仰せられました。
「大阪のような繁華な所から、よう、このような草深い所へ来られた。年は十八、未だ若い。間違いのないように通りなさい。間違いさえなければ、末は何程結構になるや知れないで」(教祖伝逸話篇103「間違いのないように」)
このお言葉を聞いた駒吉さんは、どのような意味か理解できなかったようです。宿に着いてから先輩に尋ねると、「年が若いから、女性について気をつけるようにとのことであろう」と諭されました。当時の大阪は、水路を利用した交通の要所として大いに栄えていました。首都・東京に次ぐ賑やかな町で、誘惑も多かっただけに、このようなお言葉をくださったものと思われます。
また、明治七年のこと。教祖は、お屋敷で糸紡ぎをしていた十八才の西尾ナラギクさんに、このようなお言葉を掛けられました。
「ナラギクさん、こんな時分には物のほしがる最中であるのに、あんたはまあ、若いのに、神妙に働いて下されますなあ。この屋敷は、用事さえする心なら、何んぼでも用事がありますで。用事さえしていれば、去のと思ても去なれぬ屋敷。せいだい働いて置きなされや。先になったら、難儀しようと思たとて難儀出来んのやで。今、しっかり働いて置きなされや」(教祖伝逸話篇37「神妙に働いて下されますなあ」)
いずれのお言葉にも、若いがゆえの間違いを起こさぬよう、真っ直ぐに通ってほしいという親心が込められています。何より若者には、教えを心の拠り所とし、元気な身体を使って精一杯働くことを望んでおられたのではないでしょうか。
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