(ラジオ天理教の時間)
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第1191回2022年8月13日・14日放送

カルガモ親子の救出

辻さん01
辻 治美

文:辻 治美

第1178回

行きなさい、あなた達の道を

二人の幼い里子が、新たな里親の元へ旅立つ。どうか、これ以上、二人の居場所が変わりませんように…。

行きなさい、あなた達の道を

岐阜県在住  吉福 多恵子

 

今日は日曜日。大きな子どもたちは、めいめいお部屋で思い思いの時間を過ごしているのでしょうか。うちの中はとても静かです。

A子ちゃんとFくんきょうだいがいるロフトのそばを通りかかった時、聞こえてきた声に思わず立ち止まりました。3歳になったばかりのA子ちゃんが、今にも泣き出しそうな弟のFくんをあやしていたのです。

「よしよし、よしよし」

きっと、お腹をトントントントンしているのかな。まだ回らない舌で、A子ちゃんはしっかりお母さん役を果たしていました。

私は目頭が熱くなり、涙があふれました。

この子たちを産んでくれたお母さんは、もうこの世にいません。世界中でたった二人のきょうだい。どうか、これからずっと離れることなく、たすけ合って生きていってくれますように。心からそう願いました。

今日は、この二人の幼子の旅立ちの話をしたいと思います。

皆さんは、里親制度をご存知でしょうか。近年はテレビなどで報道されることが増え、以前より知られるようになってきました。里親は、様々な理由で実の親と一緒に暮らせなくなった子どもを一定期間お預かりし、家族として共に暮らします。

我が家は、里親になって20年近くが経ちます。これまで12人の子どもたちと家族になりました。預かった期間は短い子で2か月、長いと5年以上の子もいます。そのうちおよそ半数は、我が家を卒業した後、実親の元に帰ることができました。これは「我が子をもう一度迎えて、家族をやり直したい」と、実親が努力をしてくれたおかげです。

5年前には、同居する長男夫婦も里親になってくれました。実子3人を育てながらの里親は大変なことも多いと思いますが、よく頑張ってくれています。

長男夫婦がこれまでにお預かりした子どもたちは、まだ言葉でコミュニケーションが取れない幼児ばかり。小さければ問題も小さいだろうと思いきや、そんなことはありません。突然住む家が変わり、お世話をしてくれる人が変わる不安や、親との別れによる喪失感は、小さいからこそ私たち大人には想像を絶するものがあるのだと分かりました。

泣くことしか手段を持たない子どもたちが、尋常でない泣き方で訴えてくることに、私たちは、ただ抱きしめることでしか応えられません。

A子ちゃん達をお預かりした時、もしかしたらこの子達は、実のお父さんの元へは戻れないかもしれない。その時は、二人を新しいお父さんとお母さんに託すことになると聞いていました。

そしてついに、今年に入ってからその話が現実味を帯び、二人を受け入れてくださるご夫婦とお会いしました。血のつながりのある我が子を諦め、養子縁組里親として大きな一歩を踏み出すまでには、どんなにか悩み抜いた日があったことと思います。

こうして、縁あって二人の子ども達と出会ってくださったご夫婦を、力の限り応援したいと、我が家の応援プロジェクトが始まりました。キーパーソンは、息子の嫁のTちゃんです。

最初のマッチングは、2時間。声をかけ、遊んでみることから始まりました。おやつやご飯を一緒に食べることも、おむつ替えも、全てが練習です。我が家でお泊まりしてもらってのお風呂や寝かしつけも、初めての体験ばかりですから、大人といえども緊張されていることがよく分かりました。

プロジェクトの第二段階は、子ども達を連れてのお出かけ、そして、新らしい住まいとなる、ご夫婦のおうちでの生活体験です。この頃になると、子どもたちは全力で遊んでくれるパパとママが大好きになっているようでした。パパとママの抱っこぶりにも、少しずつ安定感が出てきました。

一つずつの段階は順調に進んでいましたが、みんなが心配していたのがお泊まり体験でした。初めてお泊まりに行く日、私はTちゃんを通じて、ママにメッセージを送りました。

「たった3歳の子が、あなたたちの子どもになる覚悟を決めるのです。あなたたちには、この二人の一生を引き受けていく覚悟を持っていただきたいです。『お母さん』って、昔を思い出して泣くことだってありますよ。初めてうちに来た時もそうでしたから。いっぱいいっぱい傷つき体験をしてきての涙です。どうか抱きしめて、離さないでね。一緒に泣いてやってください。そのうちに夜は明けます」

案の定、A子ちゃんはぐずったようですが、アドバイスが役に立ったのか、パパとママが頑張ってくれたことを後から知りました。

Tちゃんに送られてきたママからのLINEには、

「改めて、これは大変なことを引き受けてしまった・・・と思いつつも、子育ては一生をかけてやる大仕事、乗りかけた船なので、やるしかないという覚悟を持たなくてはと思いました。本当に、世の中のお母さんたちはスゴイ、と尊敬です・・・」

その後も、A子ちゃんは泊まれる日もあり、夜遅くに我が家に帰ってくることもありました。パパとママも子ども達と同じように揺れていたでしょう。

ここだけは、誰もたすけてあげられない。でも、パパとママの心が決まれば大丈夫。

「がんばれ!」

口には出さないけれど、夫も、息子夫婦も、みんながエールを送っていたと思います。

心配はつきませんが、旅立ちのカウントダウンは始まりました。我が家のことは、近い将来忘れてしまうでしょう。それでいいのです。愛されていたことは、きっとどこかに残っているでしょうから。

もう、これ以上、二人の居場所が変わりませんように。そう願いながら、私たち家族は、「その日」を、笑顔で送り出したいと思っています。

 


 

神である証拠

 

天理教教祖・中山みき様「おやさま」は、女性として生まれ、嫁いでからいち主婦としての時を過ごされたのち、四十一歳の時、奇しきいんねんによって親神様が入り込まれ、この教えを伝え始められました。従って、お姿は私たちと何ら変わるところはありませんが、信心する者とふれ合う中で、到底人間業とは思われない数々の不思議をお見せくださいました。

 

ある時、井筒梅治郎さんが、教祖がいつも同じ台の上にジッとお座りになっているので、どこかへご案内しようと思い、「さぞ御退屈でございましょう」と申し上げると、教祖は、「ここへ、一寸顔をつけてごらん」と仰せになり、ご自分の片袖を差し出されました。

言われた梅治郎さんが袖に顔をつけると、見渡す限り一面の綺麗な牡丹の花盛りでした。それはちょうど牡丹の花の季節であり、梅治郎さんは、教祖は、どこのことでも、自由にご覧になれるのだなあ、と恐れ入ったといいます。(教祖伝逸話篇76「牡丹の花盛り」)

 

また、ある時、教祖は、村上幸三郎さんに、「幻を見せてやろう」と仰せられ、お召しになっている赤衣の袖の内側が見えるようになされました。幸三郎さんが、仰せの通り袖の内側をのぞくと、そこには、幸三郎さんの家の煙草畑が広がり、しかも煙草の葉が緑の色も濃く生き生きと茂っている光景が見えました。

そこでお屋敷から村へ戻った幸三郎さんが、早速煙草畑へ行ってみると、煙草の葉は、教祖の袖の内側で見たのと全く同じように生き生きと茂っているではありませんか。幸三郎さんは、安堵と感謝の思いで、思わずひれ伏したのです。

実は幸三郎さん、おたすけに専念するあまり、田畑の仕事は使用人にまかせきりにしていました。まかされた者は精一杯煙草作りに励み、そのよく茂った様子を一度見て欲しいと申していたのですが、幸三郎さんはおたすけに忙しく、一度も見に行く暇がありませんでした。しかし、我が家の大事を忘れるはずはなく、いつも心の片隅には煙草畑のことが気になっていたのです。

幸三郎さんは、神様の自由自在のお働きに感謝するとともに、気がかりだった煙草畑の様子をお見せくだされた教祖の親心に、深く感激したのです。(教祖伝逸話篇97「煙草畑」)

 

教祖直筆による「おふでさき」に、次のようなお歌があります。

  しかときけくちハ月日がみなかりて
  心ハ月日みなかしている(十二 68)

月日親神の思っていることを、人間の姿をしている教祖の口を通して皆に伝えるが、その心はあくまでも月日親神の心であり、人間の心はいささかも混じっていない。教祖のすること成すこと、すべては神の思召通りであることを、お示しくだされています。

(終)

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