第1226回2023年4月21日配信
A君の涙
教えの精神に基づく看護とは?と聞かれて思い出すのは、原因不明のアレルギーに苦しんでいたA君のことだ。
胸の奥にこの花あるかぎり
「A君の涙」
天理よろづ相談所病院「憩の家」では「人に尽くすことを自らの喜びとする天理教の精神」に基づいて医療が行われている。私は長年、この病院で看護の現場に立ち続けてきた。そんな「憩の家」らしい看護は? と聞かれて、必ず思い出すのがA君のことだ。
A君は、まだ若い男性患者。原因不明のアレルギー反応が全身を襲い、皮膚や爪が炎症ですべてはがれ落ちるという悲惨な状況だった。未知の病に対して、院内・外の現代医療の知恵を総動員し、常に最善の方法を模索しながら治療が開始された。まずは感染を防止し、皮膚の再生を促す手当てが重要となった。はがれた皮膚や浸出液を洗い流し、清潔なガーゼに軟膏をたっぷり塗ったものを全身に貼付し、テープと包帯で固定。それを毎日交換するのである。
交換時の苦痛を最小限にするために、痛み止めを使用し、寝たままで入れる特殊浴室で、シャワーを柔らかくかけ、「痛くない?」と尋ねながらゆっくりゆっくりはがしていく。安全に素早く洗浄するには、医師や看護師ら四、五人の手が必要であった。
その間、病室では、包帯交換の準備が職種を問わず手分けして行われる。ガーゼに軟膏をのばす者数人。別の者はテープをカットして、あらかじめ医療用ワゴンの周りに貼りつけておく。洗浄が終わると、A君がバスタオルに包まれてストレッチャーで帰ってくる。〝痛み止めが効いているうちに済ませてあげたい〟との思いで、皆が懸命に動いた。
こうした治療の一方で、天理教の教えに基づいて患者の心のケアに当たる「事情部講師」と看護師は、交代で一日六回、四時間ごとに、病の平癒を願う「おさづけ」を取り次ぎ、A君の回復を祈った。
困ったことに、特殊浴室も毎日は使用できない。そこで一計を案じて、リハビリ用の浴槽「ハーバードタンク」をお風呂の代わりに使用する許可を得た。
ある日、往診に来られた他科の医師が病棟を出ようとすると、看護助手がリハビリ室へ通じる廊下を這いつくばって拭いている。医師が訳を尋ねると「せっかくタンクを借りることができたのに、お水が落ちていてリハビリに行く人が転んだりしたら貸してもらえなくなります。そうなったらA君がかわいそうだから」と彼女は答えた。
その言葉に医師は感動し、「ライセンスのない助手さんでも、そこまで考えて行動している。自分も何か力になりたい。お風呂の時間になったら連絡してください」と、以後協力してくださるようになった。まるで病棟全体が一つの家族のようになり、時には冗談も飛び交う毎日の「お風呂」となった。
A君は紆余曲折を経て、奇跡的に家で過ごせるまでに回復した。退院のお祝いに、ご家族がバーベキュー大会を催され、医師、看護師、看護助手、事情部講師ら、治療に関わったみんなが参加させていただいた。
その席でのこと。A君は、「いま、泣きたいくらい嬉しいんやけど、涙が出ないからこれをさしておきます」と、自分の血清から作った目薬をさして見せた。全身が炎症に侵され涙が出なくなっていたのである。アレルギー体質なので市販の目薬は使えなかった。
私は事情部講師に「A君の涙のご守護を頂くには、どうすればよいのですか?」と尋ねた。すると講師は「涙は水の守護。水は高い所から低い所に流れます。A君のたすかりを願う皆さんが、心を低くするよう心がけたら、ご守護いただけるのではないでしょうか」と答えられた。
ビールを頂いて気分が高揚していた私は、立ち上がって思わず叫んだ。「いまの話を聞きましたか。みんなで低い心になってA君の涙のご守護を頂こう! エイエイオー!」。すると即座に「エイエイオー!」と、みんなの声が返ってきた。
喜びに満ちた、たくさんの笑顔が焚き火に照らされて輝いている。患者さんを思うスタッフの心が一つに集まった、忘れられない光景である。
HOME

